PBP2011参加レポート18:第15ステージ

第15ステージ:DREUX〜SAINT-QUENTIN-EN-YVELINES(区間距離:65km、総距離:1230km)
http://www.paris-brest-paris.org/pbp2011/index2.php?lang=en&cat=randonnee&page=Etape15

 13時半前にスタート。もうアームカバー&ニーウォーマーもいらない。いよいよあと65km、3時間ちょっとでこの長かった旅も終わる。相当な疲労感で一刻も早くジャージを脱ぎ捨てベッドに横になりたいと思う反面、もう3時間で終わりかという名残惜しさが入り混じった複雑な心境だ。街中のアップダウンを超え5kmほど走ると、開けた農村地帯の道に出た。

 360度山の見えない大地、遥か彼方までなだらかな起伏の丘のうねりが続き道の両側は広大な牧草地、その真ん中に緩やかにカーブする農道が遠くまで続いている。

 青い空に浮かんだ雲の群れが遥か地平線まで続いているのが見渡せる。

 夏の終わりのそよ風が音もなく吹き抜ける。

 私を抜いて行くPBPのWinner達の、タイヤと道路が奏でるロードノイズとチェーンノイズが近づきそして離れていく。聞こえる音はそれだけ。

 しばし、疲れを忘れ、尻の痛みを忘れ、途方に暮れた。

 自転車で走るに最上の道がここにあった。サイクリストとして無上の喜びを感じる瞬間だ。
 
 人生最後のサイクリングで走りたい道を一つ選ぶとすれば今のところここになるだろう。

 いつまでもここを走っていたいと心底思った。

 途中、ツール中継で御馴染みのひまわり畑を通過する。ただしもう花の盛りは終わっていて、種の収穫の前後なのか、皆一様に重い頭を垂れていた。夏ももう終わりだ。

 何人かの地元のサイクリストとすれ違うが、皆サムズアップで祝福してくれる。我々がPBPの完走者であることを知っているのだ。

 こんな素晴らしい道を最終区間に用意するとはPBPのディレクターも粋なことをする。まるでツール最終ステージの凱旋走行の様な晴れやかな気分にさせてくれる。PBPの区間がステージと銘打たれている理由が分かったような気がした。
 こちらも凱旋気分でゆったり流して走る。

 20kmほどの素晴らしい道を堪能した後、再び街や森を抜けるアップダウンの道に突入する。街を抜ける時は多くの沿道の人からの声援・祝福を受ける。
 途中のちょっとした距離の激坂区間では登り坂の途中や頂上付近で結構な観客がいて盛んに声援を送っている。中には赤玉のTシャツを着ている人もいる。

「アレ!ジャポネ!」

 これもまたツールみたいだ。

 またしばらくして、ちょっと勾配のある坂を登っていると、後ろから青と黄色の御揃いのジャージに身を包んだ地元のチームとおぼしき初老のサイクリストの集団が、

「ブラボー、ジャポネ!」

 と言いながら、するりと“追い抜いて”行った。うーん、恐るべし自転車大国フランス!

 この1200kmの間、一体何人の人達と挨拶を交わしただろう、何人の子供達とハイタッチを交わしただろう、何回ボトルに水を満たしてもらっただろう、フレンドリーで自転車好きなフランスの人々に感謝!

 そんなことを繰り返すうちに、風景がどんどん街中に入って行き、車の往来が多くなる。道が太くなり信号が出て来た。いよいよゴールが近づいてきた。
 “Arrivée 15km”の看板が見える。ラストスパート、踏み脚に力が入る。
 市街地の複数車線の道路に出た。路肩を走っていると後ろからイギリス人ライダーがガシガシ抜いて行った。前の方で信号待ちで止まったのだが随分と道の真ん中で止まって他のライダーと話しをしている。信号が変わっても、数人のライダーと話しをしながらの並列走行、車通りの多い中で後ろでせき止められた車がしびれを切らしてクラクションを鳴らす。するとそのイギリス人ライダーは逆ギレして車に文句を言っている。マナーの悪い外人は結構いる。ゴール前につまらんものを見てしまった。

 気を取り直して、市街地をどんどん進む。ナビの画面にもゴール地点が表示された。交差点を右折しちょっと走ると見覚えのあるGUYANCOURTの街並みが見えてきた。そしてそのままの勢いてスタート地点のロータリーに突入、沿道の多くの観客の拍手と声援の渦の中思わず右手でガッツポーズを2度決めてゴールのアーチを潜った。

 遂に1230kmを走り切った!!

 達成感と安堵感が身を包み、力が抜けた。バイクを体育館の壁に立てかけ、中に入る。最後のコントロールで係員に祝福を受けつつブルベカードにサインをもらう。これで全ての欄が埋まった。係員が「チップ!」と連呼しているので最初何のことは分からなかったが、数秒考えて「あっ!計測チップのことか」と気が付き慌てて脚に巻いた計測チップを外して渡す。係員は笑顔で計測チップのバンドだけ抜き取りチップ本体をくれた。それと完走証とドリンクチケットを受け取りその場を後にする。

 ゴールタイムは16:15、ほぼ丸3日間72時間で走り切ったことになる(正式な認定完走タイムは71時間35分)。80Hクラスにエントリーした時はちょっと背伸びし過ぎたかなと思い、実際に走り出して見てこれはとんでもなく無謀なチャレンジだと思い知らされ、自分でも完走できるかどうかかなり懐疑的だったが結果的にこのタイムでの完走は我ながら上出来。ロードバイクに乗り始める前の6年ほど前は、体脂肪率25%暴飲暴食暴煙の不摂生の限りを尽くし、ロードバイクを手に入れたばかりの頃は、多摩湖CRをたった1周12km位を時速20kmにも満たないスピードで走っただけで家に帰り着くなり死ぬほど苦しい思いで倒れ込みしばらく起き上がれなかったこの俺がここまで来るとは・・・。やればできるものだ。
 飲み物の引き換えに行く前に、まずバイクを簡単に洗う。体育館横の水道でボトルに水を汲んでバイクの汚れを洗い流す。1230kmを走り切ったバイクは相当に汚れていた。でも、我がバイクはいつになく頼もしく誇らしく見えた。自分の手で組み上げたVLAAMS/BERG Ti-1、よくぞ1230kmをノートラブルで走り切ってくれた。これも感激ひとしおだ。エンジンとしての自分は勿論だが、メカニックとしても相当の自信に繋がった。

 ドリンクコーナーではビールも飲めるようだったが、これから15km程ホテルまで自走だし、今この段階でビールを口にしたらどうなるかわからないので、コーラにした。ここで食事もできる様だが、さすがにコントロールの食事に飽き飽きしていたので、ホテルに帰るまで我慢することに。
 もう少しこの場所で完走の余韻に浸っていたい気もしたが、とにかくジャージを脱いでベッドに横になりたい気持ちが勝って早々にゴール地点を後にした。

 途中、一人のPBP完走者と信号待ちで並んだ。互いにサムズアップで健闘を称え合う。彼のバイクを見ると、コース上にあちこち付けてあった道案内の矢印プレートが2枚しっかり括りつけられていた。羨ましく思いつつ彼の後姿を見送った。

 やっとの思いでホテルに到着。チェックインを済ませ預けていた荷物を受け取り、部屋に入る。苦行からの解放感とイベントが終わってしまった脱力感でしばし放心状態。ジャージを脱ぎ捨てシャワーを浴びようと、鏡を見てちょっとびっくり。腹回りが一回り細くなり顔は浅黒く汚れ頬がこけげっそりしている。今体重計に乗ったらさぞかしすごいことになっているだろう。
 シャワーを浴びたら、猛烈な空腹感に襲われる。ゴール前から「ゴールしたら肉を食うぞ!」と心に決めていたので、早速ホテル併設のレストランに行く。ビールとサラダと340gのステーキを注文、まずは一人打ち上げである。ビールが旨いのはまあ当り前だろうが、酔いが回るのも早い。ステーキが出てくる前にビール2杯で結構酔っ払ってしまった。ステーキをあっという間に平らげ、ついでにワインも・・・、と思ったがそこまでいけそうになく、ビール3杯で一人打ち上げ終了。
 部屋に帰ってベッドに横になりPCを開けてツイッターでも・・・と思ったところで気を失った。