長嶋茂雄

 長嶋氏と松井氏が国民栄誉賞を受賞した。松井氏はともかくとして、国民栄誉賞の価値・授与基準がどんなものか良く分からないが過去の他の受賞者と照らしてみれば長嶋氏の受賞は随分と時間がかかったなと思う。

 改めて思うが長嶋氏の存在ってほんと凄い。御年77歳になっても昔から変わらぬ天真爛漫でポジティブなキャラクターは文字通り万人を惹きつける。

 小学校に入った頃から、野球好きで筋金入りのアンチジャイアンツだった親父が夜な夜なテレビのプロ野球中継を観ている傍らで、私はほぼ自然発生的にジャイアンツファンになっていった。長嶋選手の晩年も記憶に残っている。ジャイアンツが負けると喜んでいた親父も、長嶋茂雄の引退シーンを観ながら感極まっていたのを憶えている。

 それから30年、私は筋金入りのジャイアンツファンだったが2005年に清原が朽ちてジャイアンツを去ると同時にジャイアンツとプロ野球に対する興味は急速に薄れ、以来プロ野球中継を観ることはなくなった。

 長嶋監督時代、特に第2次監督時代は、長嶋氏の監督としての能力を疑問視する声は随所にあったが私的には彼が監督でいることで負け試合も結果的に消化できた。勿論自他に求める筋金入りGファンだった私は勝負に徹底的に拘っていたが彼が監督であった時は別だった。

 ふと、昔の話を思い出した。社会人になってからのことだが随分前に大阪に出張した時、大阪の伊丹空港からタクシーに乗ったのだが、そのタクシーの運ちゃんが長嶋氏の逸話を披露してくれた。何でもその運ちゃんが長嶋氏を乗せた時、長嶋氏はその場で着ていたジャケットを脱いでプレゼントしてくれたそうで、そのジャケットは家宝になっているとのこと。

 昔見た夢で忘れられないものがある。ジャイアンツの選手になっていた私は長嶋監督から戦力外通告を受け、傷心の身で東京ドームの打席に立ちホームランを打つというもの。荒唐無稽もいいところだが、その時の夢や願望が凝縮された忘れ難い夢だ。

 長嶋氏は今、2004年に発症した脳梗塞の後遺症からの回復を目指してリハビリに励んでおられる。倒れたのが3月4日でリハビリを開始したのがその5日後、以来9年間でリハビリを休んだのがたったの2日とのことらしい。リハビリ施設でも他の患者さん達に声をかけ、盛り上げ勇気付けているとのこと。そんな光景を想像しただけでわくわくし気分が爽快になる。
 動かすことができずに固定しておかないと肩が脱臼してしまうためにやむなくポケットに入れていた右手も動かせるまでになったという。9年かかって高齢の域に達してもここまでできるというのは、世の同じ様な病で苦しんでいる人達にどれ程の元気と希望を与えられるか計り知れない。

 「もう一度グランドを走りたい」と長嶋氏は話す。それができたらその先は…。もしかしたらもう一度夢が実現する瞬間を目の当たりにすることができるかも知れない。もしそうなったら日本中が一気に活気付き元気になる。その時は再び筋金入りのジャイアンツファンに復帰することを断言する。

 そんな希望を心の片隅に持ち続けていられるのはとても嬉しいことだ。