Bike Across Japan 2400/レポート1:序章

 Bike Across Japan 2400を走り終えて4日が経った。帰京して翌日から出社、あっという間に現実の世界に引き戻されあくせく働く日常が続いている。何となく身体の芯に沁み付いた様な疲労感は若干あるものの身体的なトラブルは皆無、強いて言えば両腕の日焼けが早くも脱皮開始で見た目にボロボロな状態になっている位か。そして、走行レポート作成という大きな宿題が残っている。何せ9日間にも及ぶ長丁場のブルベだけに書き上げるのに一体何日かかるのか考えただけでもプレッシャーがかかる。既に記憶もあやふやになってきているので、走行中に撮り溜めた画像を整理しながら地道に書いて行こう。

    • -

 全くとんでもない企画が出て来たものだ。まさか2年前のブルベ6本を繋いだ日本縦断2700は前振りに過ぎなかったとは予想だにしなかった。

 この企画の話を初めて耳にしたのは確か去年の夏頃ではなかったかと思う。スタッフという立場上、内々で大雑把な話を聞いていたに過ぎなかったが、その全貌が明らかになったのは去年11月のオダックス埼玉忘年会の宴会の席上、恒例の来年のオダ埼開催ブルベのコース紹介でのことだ。コース設計者の白木さんから発表された内容は「タイトルは「Bike Across Japan 2400」、ルートは鹿児島佐多岬から北海道宗谷岬までの2350km、RM認定のブルベだがドロップバックなし仮眠所・休憩所等のPC設定なしの完全ノーサポート、スタートは来年の4/29の5時でゴールクローズは5/8の2時」というものだった。

 このブルベ開催が眼前に置かれて色んな意味で逡巡した。2年前の日本縦断2700の時は、日本を一気に縦断するなんて恐らく一生で一度の出来事だろうと完走を果たした後は自分の中では完結していたので再び同じことにチャレンジするだけのモチベーションが持てるのか?また、再び完走するだけの体力や条件を整えることができるのか?(一度完走しているだけに二度目というのはプレッシャーがかかるのだ)

 一方で、日本国内で2400kmという世界でも最長の部類の単発ブルベが開催されるのはこの機会を逃せば当分ないだろうし、年齢的にみれば尚更最後のタイミングだろう。また、同じく2年前に開催された北海道1200が悪天候でキャンセルとなり、そのことでR10000受賞が保留となっていたので、この2400kmはそのアワードを手にするための最後の条件クリアに相応しいビッグイベントじゃないかと考えるとやる気が徐々に湧いてきて、最終的にはエントリーを決断した。

 12月に公開されたキューシートを基に走行プランを熟考、最終的に下表の様に落ち着いた。

 まず、佐多岬をスタートしてから佐伯のフェリー乗り場までの330kmを走りフェリー内で2時間強仮眠し下船後はそのまま播州赤穂まで340kmを走って最初のホテルに宿泊するというのが最初の山場となる。2日間で睡眠2時間程度で650kmを走るというのは過去に経験がないので果たして計画通りにいくかどうか。
 次は300km/Dayが3日間続く。コースプロフィールではそれ程山がちではないのだが、それでも合計5日間300km/Dayが続くのは過去に経験がないのはかなりのプレッシャーだ。とにかく計画通り5日間で秋田まで辿り着ければ、その後は何とかなるものと思われる。6日目は青森に到達後、キューシートでは青函フェリーを想定しているが、移動時間短縮のため新幹線で函館に移動しそのまま投宿。7日目から北海道走行となるが、前回日本縦断時は2日で走ったが今回は余裕を見て3日で走る計画とし、ゴールは9日目の午後という予定を立てた。

 この走行プランに沿って年末の内に全ての宿泊ホテルとフライトを予約を完了した。

 今年になって年度も変わり、速攻でゴールデンウィークの休暇申請を行いすんなり認可された。後は毎年恒例の季節性ネゴシエーションの行方だが、今年は何とかゴールデンウィーク前に決着しこれで事前の障壁は全て排除された。それから大慌てで荷造りをし、出発前日の夜にようやく準備が整った。