MGM2018/Report 1:出発前日まで

 スペインから帰国してちょうど1週間が経過した。気持ち的にはそれ以上の時間が経過した様な気がするが、身体的には両手両足の指先が未だに痺れて力が戻って来ず、両足首から下の浮腫みがまだ残っている状態、睡眠不足と時差ぼけのせいで頭がぼおっとして四六時中眠い感じが帰国直後から続いていたがようやくこの週末で解消されてきた様で、結構なダメージがまだ残っている様だ。特に手足の痺れは過去にほとんど経験がないのでちょっと心配になっている。帰国してから1週間近く自転車に乗らなかったが、天気が良いのに乗らないと普段ならなんかサボっている様な気がして焦燥感や敗北感に苛まれるのだが今はそんなことは殆ど感じない。自転車的満腹感がまだ持続している様だがこれも今までにはなかったことだ。それ位今回のMadrid-Gijon-Madrid1200kmは心身に重大なインパクトを与えることになった。

 先週末の深夜に帰宅してそのまま寝て起きたら職場復帰、疲労と睡眠不足でしんどい5日間の業務をなんとかやり過ごしてようやく今週末を迎え、ずっとゴロゴロして休息に努めてようやく心身共に回復を実感できる様になった。ぼちぼち記憶の改竄と欠落が始まっているので、走行レポートを書き始めよう。

 

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 過去に2度Paris-Brest-Paris(以下PBP)を走り、2017London-Edinburgh-London1400km(以下LEL)を走り終えてから、私の中で海外遠征のハードルが少し下がった。以前はブルベの先駆者達が海外各所のブルベを走った話を夢物語の様に聞き、そこに自分の身を置いてみようなどと思い至ることはなかったのだが、それが現実的に実現可能かどうか模索するところまで近付いて来た。年齢的にも50歳を過ぎ、海外遠征で超長距離を走る体力を確保できる時間はそれ程長く残されているわけではないことを考えると、躊躇している場合ではなくもっと積極果敢に攻めなければという気持ちも出て来た。以前、稲垣さんとヨーロッパ主要ブルベの話をしたのだが、やはりこの四大ブルベと呼ばれているPBP(フランス)、LEL(イギリス)、1001Miglia(イタリア)、Madrid-Gijon-Madrid(スペイン、以下MGM)は全制覇したいという思いが強くなった。MGMは2018年開催であることをLEL終了後に知ってぼちぼちイメージを膨らませて来たが、その後北海道2400というビッグイベントが丁度MGMと同時期に開催されることを知り、どちらを取るかかなり悩ましい状況となった。2400kmという距離を走り易い北海道で走れるというのは千載一遇のチャンスだが過去には日本縦断とBAJで同レベルのブルベは既に完走しているし、それよりもスペインの道を走りたいという思いが強くこの機を逃すと4年後には確実に歳を取っているしその時に海外遠征に行ける状況が整っているかどうかは分からないので、最終的にはMGMに行くことを選択した。

  スペイン現地時間の1/20にエントリー開始、LELの時はほぼ秒殺状態でキャンセル待ちに並ばざるを得なくなったことをもあり意気込んでPCの前に待機したのだが、時間になってもオフィシャルサイトではエントリーのページが出てこなくて焦ったが、サイト内をうろうろ探し回っていたらやっとエントリーページに行き当たって急いでエントリーを実行、一発で滞りなくエントリーできたので一安心。LELの様な秒殺状態にはならなかった様だ。エントリー料は195euro、LELと同じくオフィシャルの口座に振り込みなのでLELの時と同様に海外送金サービス(https://transferwise.com/jp/)を利用して送金。LELの時はオフィシャルの入金確認がなかなか取れずに相当やきもきさせられたが、今回は送金から数日待ってすんなり受領され、オフィシャルサイト内に開設された参加者専用の個人ページ内でエントリー手続き”Complete”が表示されていることを確認した。

 2月になってエントリーが締め切られ、エントリーリストがオフィシャルページに掲載されたが日本人参加者は何と私一人だということが判明し愕然とした。PBP程ではないにせよ、何人かは日本から参加するのではと思っていたのにこれは想定外だ。やはり今年は同時期に北海道で2400km&1200kmが開催されるのでそっちに流れたということか。言葉が全く駄目な身としては独りというのはかなり心細い。参加者人数も300人に届かず、PBPやLELと比べてもかなり少ない。もう少し多いかと思ったが予想外に規模は小さいイベントの様だ。いずれにしてもエントリーしてしまった以上、もう後には引けない。覚悟を決めて準備を進めなければならない。

 

 エントリーが無事に完了したことを受け、次はフライトとホテルの選定・予約を行う。MGM自体は8/19~23で出走受付は前日の8/18なのでその前日8/17にスペインに到着して、ゴール後は休息・観光用に丸1日足して25日に出国26日に帰国というスケジュールにすれば翌8/26月曜日から職場復帰できる。うちの会社は8/13~17までは夏季休業でその翌週に有給休暇5日を取得する形で2週間の休みを確保することにした。フライトは割とすんなり決まった。キャセイパシフィック航空の香港乗継便でフライトスケジュールは下記の通りで料金は107,190円。

往路:8/16 18:30成田発->8/17 8:45マドリッド着

復路:8/25 12:30マドリッド発->8/26 14:30成田着

 ホテル捜しは難航。まずベースキャンプ地をどこにするかがなかなか決められない。スタート地点はマドリッド空港から北に50km近く離れたTorrelagunaという街だが、複数の海外ホテル予約サイトで探しても滞在期間中のホテルはその街には見つからなかった。

  周辺地域でもそれ程選択肢があるわけではないのだが何せ名前すら聞いたことの無い場所ばかりで何を基準に選んでよいかさっぱり分からない。とにかくマドリッド空港からの交通の便が良さそうなのとスタート地点のTorrelagunaにできるだけ近い所で値段が安い所を探したらEl Molarという街に1軒の候補が見つかった。

 そこにバイクの部屋入れができるかどうか問い合わせたら、「部屋に入れるよりもっと良い方法で預かってあげる」との返事が来て”もっと良い方法”の意味がいまいちわかっていなかったもののとにかくバイクは預かってもらえるらしいのでそこに決定。PBPやLELの時は走行中は一旦チェックアウトする形で前後泊のみの予約としたが、今回は何となく「もしかしたら途中で…」という予感がちょっと頭をよぎり、値段もそんなに高くない(1泊約5000円)ので8/17~25までの8泊通しで予約した。

 取り敢えずイベントのエントリーからフライトとホテルの予約までは完了し、大枠の段取りは整った。次はルートの把握と走行プランの検討に入る。オフィシャルのページにあるルートは下記の通り。

<往路>

<復路>

 MGMはその名の通りMADRIDからGIJONまで行ってMADRIDに戻って来る1200km、ほぼ完全な往復コースだ。全体的なレイアウトで特徴的なのはマドリッド近郊は標高600m位の高地にあり、GIJONの近くまでずっと高地を走り続けるということだ。大雑把に言うと往路は高地のマドリッドから海沿いのGijonまで下り基調、復路はその逆ということだ。獲得標高差は往復とも6000mを超え、1000m級の山越えも2か所、往復で計4回越えなければならずそれ以外にもアップダウンが非常に多い。PCの数もPBPやLELに比べて少なく区間距離が長い。なかなかにハードなコースであることは事前データでそれなりに推測できる。セオリー通りに仮眠3回の走行プランを組み立てるとして、ドロップバックがCISTIERNAのみ可能であることを考慮すれば1日目、2日目の仮眠ポイントは必然的にC5、C9のCISTIERNAで決まり。3日目の仮眠ポイントは距離配分で行くとC12のAYLLONになるだろう。これで大雑把にプランを考えてみると下表の様になった。

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 この走行プランはアップダウン等のコースレイアウトを考慮していないので実際にはこの様な均等な平均速度では走れないと思われるが、この位の配分で走らないと既にプラン上ではゴールクローズに対して30分のマージンしかなくかなりギリギリなので完走は危うい。プラン通り2日目の仮眠まで、48時間で800kmを消化できれば完走確率はぐっと高くなる。きついのは2日目、CINTIERNA-GIJONの往復。370kmという距離に加え獲得標高差が5200mあって完全な山岳ブルベとなる。最大の難関区間はC8-C9の101kmでC8を出発して直ぐに標高差1200mを50km近くかけて登るMGM最大のヒルクライムステージだ。ここをクリアできれば完走は見えてくるはずだ。

 コースもさることながら更に要注意なのがスペイン特有の気候だ。ブエルタ・エスパーニャやクラシカ・サンセバスチャンなどのプロ・ロードレースをテレビ観戦するとよくわかるが、草木が余り生えていない荒野の道が随所に出てきて見るからに暑そうな感じだ。過去にMGMを走られた方の唯一のブログ(今泉洋さんの2013 Madrid - Gijon - Madrid 1200km)を何度も読み返し、また、同じく2013MGMを走られたベテラン・ランドヌーズのカワチさんに御会いする毎に色々と御話しを伺うと、やはり日中は暑く40℃は軽く超えるらしい。しかも日が落ちると急激に寒くなって気温一桁まで下がるとのこと、要するに砂漠の気候ということらしい。私的には寒さには人並み以上の耐性はあるつもりだが暑さにはかなり弱いので、走行中の水分確保も含めかなり不安にさせられる。このヒートショックの様な寒暖差に果たして耐えられるかも未知数の要素だ。

 次は装備。ハンドル回りは基本的に普段と同じだがフロントライトを普段使用しているFenixのLD20から単2電池使用のGentosのNEX-905Dに変更、光量アップとバッテリー持続時間の向上を狙った。

 ウェア類については、ヒートショック的な寒暖差を考慮し、防寒具としてアームウォーマー&ニーウォーマー、ウインドブレーカー、レインウェア上下を持って行く。基本雨は降らないと思われるので泥除けは使用しない予定。

 MGMはドロップバッグが1か所で使用可能だが、他のPCで仮眠するので基本装備は全て持って走ることを前提に、ドロップバックはバックアップ的な内容になる。基本装備はモンベルのフロントバックとキャラダイスのサドルバックに収納する。具体的な内容は下記の通り。

バイク装備
 ①フロントライト1:Fenix/BC30
 ②フロントライト2:Gentos/NEX-905D
 ③アクションカム:Sony/HDR-AS30V
 ④サイクルコンピュータ:Bryton/Rider310
 ⑤リアライト1:Cateye/TL-LD155-R
 ⑥リアライト2:Cateye/TL-LD150-R
 ⑦750mlボトル2本

フロントバッグ(モンベル)
 ①モンベルレインウェア上下
 ②アームウォーマー&ニーウォマー
 ③モンベル携帯用ウィンドブレーカー
 ④チューブ1本
 ⑤カロリーメイト2袋
 ⑥干し梅1袋
 ⑦単3電池8本
 ⑧18650電池4本
 ⑨バックアップ用フロントライト(Fenix/LD20)1本

サドルバッグ(キャラダイス/Super C Audax)
1. ウェア類
 ①モンベル製レインウェア上下
 ②Tシャツ1枚
 ③パンツ1枚
 ④半パン1枚
2.工具・ケミカル・保守パーツ
 ①シフトワイヤー1本
 ②チェーン3コマ+ミッシングリンク2個
 ③チューブ5本
 ④チェーンオイル
 ⑤タイヤ1本
 ⑥タイヤブート2枚
 ⑦応急タイヤパッチ
 ⑧集合工具
 ⑨タイヤレバー3本
3.電装系
 ①単2電池2本
 ②充電ケーブル3本(USBx2、Lightningx1)
 ③バックアップ用ナビ(Garmin/etrex20x)1個
 ④バックアップ用アクションカム(Sony/HDR-AS30V)1個
 ③アクションカム用予備バッテリー4個
 ③ルータ用予備バッテリー1個
4.医薬品
 ①サロンパス貼り薬
 ②サロンパス塗り薬
 ③キネシオテープ
 ④太田胃散
 ⑤ワカマツ止瀉薬
 ⑥絆創膏
 ⑦傷パッチ
 ⑧ティッシュペーパー

ドロップバッグ
 ①半袖ジャージ1枚
 ②レーパン1枚
 ③靴下1組
 ④タオル2枚
 ⑤モバイルバッテリー3個
 ⑥18650電池2本
 ⑦タオル2枚

 現地での通信環境については、ホテルではノートPCで走行中はiphoneを使用するが私のiphoneはDocomoのsimロックがかかっているので海外用データsimを直接入れることができず、NECのモバイルルータ(MR04ln)を介して通信することになる。海外用データsimはアマゾンでSIM2Flyのプリペイドsimカードを事前購入した。データ容量は4GBあれば十分だと思われる。

 

 MGMのレギュレーションでは出走資格を得るためにはPBPと同様に今年200km、300km、400km、600kmのBRM認定を受けていなければならず、7/31までに認定番号を登録しなければならない。が参加者専用個人ページの登録欄には200km、300km、400km、600kmと1000kmの登録欄が設けられていた。レギュレーションを読む限り200~600kmの登録だけで大丈夫だと思われるのだが、念のため全ての欄を埋めておこうと1000kmの認定も受けておくことにした。7/31までの国内の1000kmは岡山の2本と北海道の1本だがコース難易度から北海道のBRM713北海道1000を選択、何とか完走し7/31の締め切りぎりぎりに全ての欄を埋めて認定番号の登録を完了した。

 認定番号登録以外の主催者要求項目として健康証明書の取得がある。「MGMに出走可能な健康体であることを証明する医師の診断書(スタート日から6か月以内の発行)を常に携帯し、主催者の求めに応じて提示できるようにしておかなければならない」ということだが、指定の書式があるわけではなく提出義務も無さそうなので持っていなくても大丈夫そうだが取り敢えず要求に従って取得しておく。英文の健康診断書を即日発行してもらえる病院を探して東京駅八重洲口 東京ビジネスクリニックにて健康診断を受診し健康証明書を発行してもらった。

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 問診程度の健康診断で11,680円はちと高い気もするが必要とあらば止むを得ない。

 もう一つの主催者要求事項として、スマートフォンのトラッキングアプリへの登録がある。自分の出走番号を登録して参加者としての位置情報をスマートフォンをトラッキングデバイス代わりに発信するという仕組みの様だが、主催者要求をよくよく読んでみるとこれ自体がPCの通過証明になるわけではないので登録しなくても問題は無さそうだが、念のためiphoneにアプリをインストールし登録を済ませておく。

 渡航まで1か月を切った辺りで、そろそろ空港からホテルへの移動方法をきちんと確定させようと改めてリサーチを開始。良く調べてみたらEl Molarには鉄道が来ていないことが判明しちょっと焦った(ホテル予約時にEl Molarの街をGoogle Mapで眺めた時には駅マークがあると思い込んでいたのだが、実はバス停のマークだったというオチ)。まあバスでもいいかと思って、バスの経路をネットで色々と調べてみるとどうやらマドリッド市街・近郊のバスは大きい荷物は載せられないということが分かって来た。都市間を結ぶ長距離バスはその限りではない様だが、El Molarを通過する長距離バスは殆どなく発着時間が限定的なので使えそうにないことが分かり、要するに公共交通機関でのバイクケースを抱えての移動ができないということが判明した。事ここに至ってこれは拙いことになった。タクシーという手もなくはないがマドリッド空港からEl Molarまでは40km近く離れているので料金は相当高くつきそうだ。こうなったら方法はただ一つ、”自走”である。自走可能かどうかの検討に入った。まずマドリッド空港でバイクを組み立てた後、バイクケースその他の荷物を預けることができるかどうかだが、ネットで色々と調べてみると、キャセイパシフィック航空が発着するターミナル4には24時間アクセス可能なコインロッカールームがあることが判明、取り敢えず荷物は預けられそうなので一安心。次にホテルまでの自走ルートだが、Google Mapでそれらしいルートが見つかったものの、道によっては自動車専用道路の様にも見える道だし、ストリートビューが入っていなくてどういう道なのか確認できないところもある。PBPの時にヴェルサイユからシャンゼリゼまで自走で行った時、事前に決めていたルートを走っていたらいつの間にが自動車専用道路に入り込んでいたという出来事もあり、かなりナーバスにならざるを得ない。フランスやイギリスと違ってスペインの自転車通行に関わる道路事情はネット上の情報が非常に少なく確定的な情報を得るのが非常に難しい。取り敢えずルート上の高速道路っぽい道をストリートビューで丹念に見て行ったら走行中の自転車が写り込んでいるのを発見、これで自転車は走行可能なんだろうと判断して自走移動で行くことに決定した。

 

 8月も半ばになり2週間の夏季休暇がスタート。本当なら長期休暇の初めは嬉しい気分のはずなのに、スペイン行きのプレッシャーが重くのしかかって浮かれ気分には全くなれない。バッキング作業も遅々として進まず結局大方完了したのが出発前日、尻に火がついても動かない性格は多分死ぬまで治らない。

 兎にも角にも前日までに準備は完了した。私的には仕事やプライベートでも海外には何度も行っているが最初から最後まで完全に一人で現地でも日本人に会うことはないという渡航はこれが初めてだ。それだけでも物凄いプレッシャーなのに初めてのスペインで到着後いきなり自走でホテルに向かうというぶっつけ本番的なスケジュールを組んでしまい、ちょっと気を緩めると逃げ出したくなる程の心理的重圧がある。何でわざわざこんな精神的にしんどいことを自ら招いてしまったのか自分でもよくわからないが、ここまで来た以上もう逃げ出すことはできない。覚悟をを決めて進むのみだ。

 そんなネガティブな心理が9割方支配的な一方で、ずっと以前からブエルタで観て来た独特な風景と雰囲気を醸し出すスペインの道を遂に走ることができるという嬉しさもちょっとだけ感じる。あと、現地に行ったら前々から食べたいと思っていた”しし唐の素揚げ”を遂に食べる機会が訪れたという思いもある(随分前に何かの雑誌でサイクルフォトグラファーの砂田さんがスペインのバルの定番のつまみの”しし唐の素揚げ”が滅茶苦茶旨いみたいなことを書いていたのを読んで、頭の中で勝手に妄想が膨らんでしまった)。

 

 とにかく行ってみよう。行かねばならない。いざスペインへ。