潰えた希望(Tour de France 2010)

 今年のツールはやたらと落車が多い。それも多くの選手にシリアスなダメージを与えるものばかりだ。

 第8ステージでランスが3度の落車に見舞われ、そのまま先頭集団に復帰することなく大きくタイムを失い総合優勝戦線からの離脱を余儀なくされた。それより前のベルギーステージのパヴェでパンクに見舞われタイムを失っており、とにかく今年のランスは不運の連続である。7連覇の間は憎らしいほどにミスやトラブルなくレースを走っていたことを考えれば、まるで別人である。
 7連覇中のランスは全く好きになれなかったが、去年復帰して勝てなかった姿を見て急にランスが”普通の人間”に見えてきて、一人のベテランチャレンジャーとして贔屓になった。
 今年は新チームで万全の体制を整えて高いモチベーションを持ってツールに臨んで、実際に総合優勝に希望を持たせるだけの走りをしていただけに、この不運の連続はただただ残念と思う外はない。

 第8ステージ序盤で落車に見舞われたものの最終的に先頭集団に残ってゴールしたエヴァンスはマイヨ・ジョーヌに袖を通したものの休養日明けの第9ステージの超級の峠で大きく遅れた。集団からあっさり千切れたエヴァンスの顔は蒼白で身体的な異常を抱えていたことは容易に想像がついた。が、まさか左肘を亀裂骨折して出走していたとは驚きである。あの落車でそんな深手を負っていたとは
これまた不運を呪う以外にはない。

 ランスにとっては今までの全ての情熱を注ぎ込んだ最後のツールを、エヴァンスは毎年あと一歩及ばずに手にすることができなかった総合優勝を実現できる千載一遇のチャンスを、共に”不運”で失ってしまった。実力を出し尽くしても勝てなかったのであれば諦めるしかないが、この結末は2人にあっけなく残酷をもたらし、2人がそれを受け容れるのにどれだけの精神的なパワーを費やしたか想像だにできない。

 これがロードレースであり、これが人生というものか。

 第8ステージで大きく遅れてゴールに向かう時のランスの、あの無表情の中にも滲み出る無念の表情が、そして第9ステージゴール後、チームメイトと涙の抱擁で暫く動くことができなかったエヴァンスの姿が、私にとっての2010ツールの1番の思い出になることだろう。

 来年、2人に再び”情熱と希望の夏”が巡ってくることを期待しつつ、私は気を取り直してツールの後半戦を観ることにしよう。