8/22(木)、4時過ぎに目が覚めた。ちょっと眠い気はするが二度寝する程の眠気ではないので割とすんなり起き上がる。正味4時間は眠れた様で、起きて直ぐに頭は回っているみたいだし疲労もそこそこ薄れ尻の痛みもかなり解消されている。やはりちゃんと横になってまとまって寝るとそこそこ回復する。睡眠・休息は大事だ。手早く荷物をまとめてホールを出て、ベッドブッキングの受付に自力で起床したことを告げてメインホールのトイレに行く。
メインホールのトイレへの通路ではそこかしこに寝転がっている人が多数、エマージェンシーブランケットに包まった通称”マグロのホイル焼き”が散見され、さながら野戦病院の様。これもPBPの風物詩。
メインホールもまだまだたくさんの人がいる。この感じだと90時間ぎりぎりのゴールの人はかなり多そうだ。
バイク置き場で自分のバイクを見つけ出発準備をしていたらスガタさんが出発するところだった。84Hクラスのスガタさんはもうとっくにスタートしていると思ったのでちょっとびっくり。荷物をまとめながら後姿を見送る。
外は寒いが10℃は超えていそうで、取り敢えずアームウォーマーとニーウォーマーがあれば凌げる程度、走り出してしまえば身体が温まって寒さを感じることはないはず。この後はもう夜間走行はないので、これで今回のPBPの取り敢えず寒さのピークは乗り切ったと思われる。
今日はいよいよ最終日。4日目はゴールのランブイエまでの121km。たったの121kmと言える距離まで来たが油断は禁物、最後まで気を抜かずに慎重に走って確実にゴールしなければならない。
第14ステージはドルーまでの77km。前半はアップダウンがそこそこあるが後半は緩やかになる。標高差ということでは全体的に下り基調だ。ノンストップで行く予定。
4:45リスタート。ぼちぼち走り始める。スタート時間基準で予定より15分早いがまあほぼ予定通りというところか。
まだ寝静まっているモルターニュ=オー=ペルシュの街中を静かに走る。尻の痛みはかなり治まっているので今のところはサドルに座れるが暫く走っていると多分また痛み出すだろう。できれば本格的に痛くなる前にゴールしたいところだ。
急な下り坂を下りながらモルターニュ=オー=ペルシュの街を出る。さらばモルターニュ、また4年後。
1106.5km、サン=マール=ド=レノの街を通過。この街は往復とも夜の通過だったので明るい街を見ることはなかった。
はっきりとした勾配の山道のアップダウンが続く。脚はそこそこ回るので、しっかり寝て疲労もかなり回復していることが良く分かる。最終日がこの感じならば問題なくゴールに辿り着くことはできそうだ。
1117.7km、ロンニー=オー=ペルシュの街を通過。この街も昼間通ることはなかった。
時刻は6:00、東の空がうっすらと明るくなってきた。空には雲は見えない。今日も間違いなく快晴だ。
街を抜けて下りになった。前方に結構な数のヘッドライトが見える。車ではないのでどうやら自転車の様だが一体何事だろう?
1120.8km、ここは左折ポイント。なるほど、正面からきた多数のヘッドライトは下り基調で勢い余って直進コースアウトした多数の参加者達が戻って来るところだったのか。
森の中のアップダウンはまだ続く。結構脚は回るので登りは全く苦にならない。快調に進む。
森の向こうの空が明るくなってきた。朝焼けは近い。
1125.2km、湖に映った薄暮の空が美しい。
茜色の空に浮かぶ木々のシルエットがなかなかに幻想的。
もう何度となく言い続けているが、ブルベを走り続ける理由の一つはこの朝焼けの情景を見ること。心が洗われるというのは正に言葉通り。
1130km、ヌイイ=シュル=ユールの街を通過。
街中のカフェは早朝なのに賑わっている。朝食を摂らずに出発したので御腹が空いているが、最終PCのドルーで食事をするのが楽しみなのでカフェには寄らない。
日の出直前、紺色とオレンジ色のグラデーションがクライマックスに達した。フラットな地平線の情景が息を飲む美しさで思わず立ち止まって見入りつつ写真撮影。
ここまで1130kmを走って来てゴールまで100kmを切りほぼ完走が見えてきた状況で、ここまでの道のりを振り返っての達成感や解放感が相俟って精神的にもまたとない好条件が整い、この素晴らしい情景を誰にも邪魔されることなく眺めることができるなんて長い人生の中でもそうそうあるものではない。この瞬間を実体験できたことに無上の喜びを感じつつ、しばしの間途方に暮れる。
参加者達が乾いたロードノイズを立てながら目の前を通り過ぎていくのもいちいち絵になる。その中をスガタさんが通り過ぎ、ちょっと間を置いてイーチョさんが通り過ぎて行った。
ひとしきり景色を堪能して、再び走り出す。
今度は朝靄が立ち込めてきて幻想的な風景になった。フランスの大地は様々な趣向を凝らして、ここまでの苦難を乗り越えてゴールに辿り着かんとしているサイクリスト達を労ってくれる。こんな情景を眺めることができただけで十分に報われた気がする。
朝焼けに向かってひたすら走り続ける。あの朝焼けの下にはゴールのパリ・ランブイエがある。確実に近付きつつある。
頭の中ではPat MethenyのCathedral in a Suitcaseが鳴っている。ロマンと重厚さを兼ね備えた佳曲はこの風景を走りながら眺めるのにマッチしている。
少しでもこの瞬間を切り取って持ち帰りたいとひたすら朝焼けの写真を撮り続けた。
1141km、スノンシュの街を通過。
往路との分岐を過ぎて往路では通過しなかったドルーへのルートに乗った。街中を通り過ぎる頃にはすっかり明るくなり風景に全ての色が戻って来た感じだ。
郊外の道に出て、地平線に太陽が顔を出した。
早朝の凛とした冷たい空気の中を爽やかに、晴れやかな気分で落ち着いて、解放感たっぷりのフラットな道を、素晴らしい朝日を眺めながら走ることができるなんて何と贅沢なことか。
2011年の時にドルーの街を抜けてからの道が余りに素晴らしく人生最後のサイクリングはそこを走りたいと思ったのだが、この道も候補になるだろう。
1147.5km、ル=メニル=トマの街を通過。小さな街中を右折。
1152km、ダンピエール=シュル=ブレヴィーの街を抜ける。農村の古く素朴な雰囲気が、そこに住んだことなどないはずなのに妙に懐かしい感じがした。
1153.8km、マイユボワの街の入口に差し掛かる。
この街には長い長い壁が続いている。
2015年にここを通った時は確か雨だったので随分と印象が違う。2km以上の壁伝いに進む。
1156.7km、マイユボワと壁伝いに隣り合わせのブレヴィーの街を抜ける。
畑を覆っていた森の長い影が朝日が昇るにつれて徐々に短くなっていく。
この辺りはアップダウンはほぼなくなってフラットな道が続く。日本で言うところの広域農道の様な感じだがスケールがちょっと違う。
遠くに街が見えてきた。ドルーの街はまだ見えないかな。
1165km、クレシー=クヴェの街を通過。
脚は快調に回るのでどんどん距離を消化していく。前回この道を走った時は結構曇っていて同じ様な時間帯だったのにかなりどんよりとして暗いイメージがあったのだが今回のこの天気で随分と印象が塗り替えられた。
あの先の街はそろそろドルーかな?
青い空には飛行機雲が見える。それにしても空が広い。日本でこんなに広い空を見たのはちょっと記憶にないな。
1172km、この分岐を右方向に下っていくとドルーはもう直ぐ。
後ろから東南アジアっぽい雰囲気の二人組が追い付いてきた。陽気に「無茶苦茶眠いよー」と言ったので「もう直ぐ寝られるよ」と返す。
ドルーの手前のヴェルヌイエの街を抜けていく。街中は結構アップダウンがあってうねうねと曲がっている。PCはもう目前。
1174km地点のPC13/ドルーに到着。
ここは前回は雨でかなりシビアな状況だったのでかなり緊迫感のある印象があるのだが、今日は和やかでのんびりした雰囲気。やはり天気が良いと心の余裕が違うね。バイクを駐車スペースに停めてまずはコントロールに向かう。
コントロールとフードコートの場所は去年と同じ建物。
フレンドリーな笑顔でチェックをしてくれた。
チェックタイムは8/22の8:34。これでPCの全ての欄が埋まった。後はゴールの1つを残すのみだ。
さて、御待ちかねの朝御飯。ここでPC最後の食事を摂る。到着予定時間は9:00だったので30分程のマージンがある。ゴールクローズ時間は15:00なのでここで1時間費やしても5時間あるから40kmちょっとの残り距離を考えればまず安全圏内と見て問題はないだろう。ここでのんびり休憩することにする。
ここのPCのフードコートは肉料理が印象に残っている。朝からしっかり牛肉の煮物を食べる。牛スジに近い感じだが良く煮込まれていてこれがとても美味しい。クロワッサンも相変わらず美味しい。これがこの旅の途中で食べる最後の食事かと思うととても名残惜しい。もっと色々食べたかったな。
ここのPCではヨシダさんやイーチョさんなど日本人参加者の姿も多く見られた。皆さん完走まであと一歩、事故なく無事に最後まで走り終えて欲しいところだ。勿論私自身も身体とバイクを確実にゴールまで運ばなければならない。あと3時間、楽しく、慎重に走る。