SR600京都を走り終えてそろそろ2週間が経とうとしている。走り終えた直後のボロボロな身体はもうすっかり回復したのだが、気持ち的にはもういっぱいいっぱいな感じがなかなか抜けなかった。ブログのために走行中に撮った写真を整理する段階であの時の強烈にしんどいイメージが鮮明に蘇って来て、また一応60時間の制限時間内完走をぎりぎり果たしたのだが、要所要所でひとつでも判断を間違えていたら完走できていなかったというたらればの恐怖感がつきまとって未だに落ち着かないというのが正直なところだ。それでも私的にはブログを書き終えてはじめてブルベが完結するという習わしになっているので覚悟を決めて書き始めなければならない。あのキツイ走りをもう一度追体験するというのはなかなかしんどいがとにかく書き始めよう。
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[目次]
序章
2020年はコロナ禍の影響で5か月間のブルベ自粛期間が発生し思う様に走ることができなかった。2020年中に2本走ろうと思っていたSR600も結局1本しか走ることができず2021年こそは2本走るぞと意気込んでいたものの年明け早々に首都圏に緊急事態宣言が発令されて以降、蔓延防止等重点措置も絡めて切れ目なく外出・県境越境自粛が続きブルベの予定が全く立てられなくなってしまった。SR600は取り敢えずエントリーしておけば自粛解除されて直ぐに走ることができるし状況に応じて日程変更もできることから、まずは出走機会を確保しておこうと2月になって本格的にコースの選定に入った。去年も新たなコースが増えて12本となっていたが、去年の秋に発表されたA近畿さんのSR600京都を去年のうちに何となく走行プランを考えていたら取り敢えず仮眠ポイントの目途が立ったのを思い出した。私的にはできるだけ早い時期に日本SR600の最難関四国山地にチャレンジしておきたいと思っていたのだがコロナ禍の成り行きが見えない中で飛行機チケットを事前予約するのはリスキーと判断し、京都ならば新幹線の切符を当日買うことができるのでSR600京都にエントリーすることを決定、3月頭にゴールデンウィーク前半の4/xxに出走する予定で取り敢えずエントリーした。
4月になっても自粛解除されずに4/30の出走を断念し6/12出走に延期した。しかしこれも駄目で7/10に再延期、そして更に9/18に再々延期とズルズルと秋になって来たがこれでも駄目で11/21に4度目の延期を余儀なくされた。これで駄目ならもう今年中には走れないというところまで来てしまった。
幸いにして9月に入って状況が好転し9月末日で全国的に緊急事態宣言及び蔓延防止等重点装置が解除されることとなり10月頭からブルベが走れる様になった。私的には丸9か月のブランクを経ての再開でかなりの不安があったものの取り敢えず200~600kmのBRMは何とか完走することができた。しかしSR600となると話は別だ。600kmという距離はともかく標高差10000mを超える山岳を今の自分にこなせるとはとても思えない。完走のイメージが全く持てないのだ。
ちなみに私的に過去走ったことのある5本のSR600との標高差を比較してみるとこういう感じになる。
京都 :11,707m
富士 :11,105m
北関東 :12,591m
紀伊山地 :10,756m
福島 :10,268m
奥入瀬 :10,636m
四国山脈 :14,827m (参考)
標高差だけ見れば今まで経験したSR600の範疇に収まっているので特段驚くことは無いし、最難関と言われる四国山地に比べれば大したことはない。次にコースプロフィールを見るとこんな感じ。
一部に急勾配の坂が見受けられるものの1000m超の高い山はなく、また後半200kmにかなりの登りが集まっているという特徴はあるもののるもののぱっと見では物凄く難易度が高いという感じには見えない。
しかしやはりこの9か月のブランクで心身共にリセットされてしまい山岳に対する対応能力がすっかりなくなってしまった感があり、実際に10/16に走ったオダ埼のアタック愛鷹と11/13に走ったR東京さんのBRM1113東京300での富士山周辺の山岳の登りがかなりきつかったという体感がしっかり残ってしまい余計にプレッシャーとなってしまった。そうは言いながらもエントリーしてしまった以上逃げ出すわけにはいかない。何とか気持ちを奮い立たせつつ出走に向けて準備を進めた。
走行プランについてはいつも通りの2泊3日で組み立てて最終的にこうなった。
<1日目:京都->舞鶴(283.3km)>
初日は距離は長いが山が比較的まばらということもあって宿が確保し易い舞鶴まで頑張って走るプランとした。初日300km弱というのはかなりきついがこれをクリアできれば後半のタイムスケジュールがぐっと楽になるはずだ。
<2日目:舞鶴->守山(206.7km)>
2日目はこれも宿の確保がしやすい守山までの206.7kmとした。前日よりも山岳の密度が高くなるものの200kmブルベ+αで考えてそれ程遅くならない時間に宿に入れるのではないかという目算が立った。
<3日目:守山->京都(118.9km)>
最終日は120kmという距離で山岳のロス分を考慮しても7時までにリスタートできれば10時間の時間が確保できるのでそこそこ余裕はあるのではないかとの想定だ。
今までの経験からすれば充分に完走を見込める走行プランができたと思うのだが、やはり不安は拭い切れない。いつもならば完走を果たした先人達のブログ等をネットで探して情報収集をしたりするのだが変な情報を掴んで怯むのを嫌って今回は主催者情報を読むに留めた。
出走日が近付くに従って走行2日目に雨が降るという予報がどんどん固まっていき、不安感がどんどん募っていく。冷たい雨の降る夜の山道を登るイメージを想像しただけで寒気がする程の恐怖を感じてしまい、何とか延期する口実を探していたが結局延期する決断もできずに日程変更期限の1週間前を過ぎてしまいいよいよ逃げられなくなった。もう覚悟を決めるしかない。
スタート2日前で移動日前日の11/19に最終的な装備のパッキングを行った。ウェアの選択は正直気温が読めずにかなり悩んだ。山がそれ程高くないので完全冬装備は必要ないと思うが、ある程度の寒さ対策は必要ということからベースは半袖ジャージにレーパンでノースリーブのインナーとアームウォーマーとレッグウォーマー、携帯用のウインドブレーカーとレインウェア上下とレインシューズカバー、トゥシューズカバー、指切りグローブと防寒テムレスの併用というラインナップに落ち着いた。バイクを輪行袋に詰めて装備のパッキングを完了し陰鬱な気持ちを抱えたまま移動日当日を迎えることとなった。
スタート前日
11/20(金)、12時過ぎに覚悟を決めて自宅を出発する。9か月間の引き籠りと直近2週間の長期休暇が相俟って心理的に腑抜けになり今から人混みの中にバイクを担いで突入して4日間も家から離れるなど恐怖すら感じる程に行きたくないのだが、ここでDNSすると各種キャンセル料が勿体無いことになるという動機だけで動かざるを得ない。その意味では貧乏性で良かったとも言える。輪行袋を抱えてバックパックを背負いえっちらおっちら最寄り駅まで歩く。
最寄駅に到着。これから東京駅まで行くのがなかなかに大変だ。
西武池袋線から山手線と乗り継いで何とか東京駅に到着。東京駅の人混みが凄くて眩暈がする。何とか新幹線乗り場まで辿り着き新幹線のチケットを購入、ホームに上がった。
1400発のぞみ231号新大阪行に乗車。
今回特大荷物の置き場所予約をしてみたがすんなりと置くことができた。
指定席車両の乗車率は6~7割といったところか。
新幹線は定刻に発車したものの直ぐに止まってしまった。新横浜駅で緊急停止ボタンが押されたとのことでいきなりトラブルかと思いきや、10分程で発車。その後はスムーズに進行。
1615京都駅着。うっかり反対側の出口に出てしまい、戻ろうと歩き回ったもののなかなか戻れず地上階からは反対側に行けないことを理解するまでにかなりの体力を消耗してしまった。
京都駅に着いてから正しい出口に辿り着くまでに30分以上を費やしてしまった。既にもうぐったりだ。
京都タワー。私的に最後に京都駅に来たのがいつなのか全く思い出せない。
駅近くの今日のホテルを目指して歩く。
駅から徒歩10分弱のホテルに17時にチェックイン。すげー疲れた。
間髪入れずに輪行解除してバイクの組み立て。取り敢えず問題なさそうで一安心。休む前に面倒な仕事を一気に片付けてようやく人心地。
ちょっと休憩した後、今夜と明日朝の食料の買い出しに出かける。
ホテル近くのコンビニで弁当を買ってホテルに戻る。ホテルの周囲には美味しそうな店が多数並んで強烈な引力を発している。もう絶対京都に来た目的を間違っているとしか思えない。このまま吸い込まれてしまえばどんなに楽になることかと思いつつ、何とか誘惑を振り切ってホテルの部屋に戻った。
風呂に入ってさっぱりして夕食。京都くんだりまで来てノンアルコールでホテルの部屋でコンビニ飯を食うなど馬鹿馬鹿しいの一言。
夕食を終えてまったりしながらコースも含めて明日の予習。天気予報は結局改善せずに明日は午後から雨予報、もうどうやっても逃れられない様相だ。まあ初日と最終日は晴れるだけマシだと前向きに考える他はない。結局覚悟を決め切れずにここまで来てしまったが逃げられないのは間違いないので今やれることを無心でやるだけだ。まずは今日しっかり寝ることかな。明日は5時スタートなのでアラームを4:20にセットして早めに就寝、消灯時刻は21時過ぎ。