Clair de Lune/月の光

 9月も半ばになってようやく暑さが和らいできた。三連休の中日は午前中に多摩湖CRを2周回してから昼食昼寝を経て久し振りに午後練で多摩湖CRを2周回して水シャワーを浴びてすっきりして冷たいジュースをがぶ飲みして人心地、夕暮れまでのんびりと過ごしている。

 最近はブルべが一段落してかなり音楽づいている。去年の夏に念願の1001Miglia完走を果たし私的に最も重要なブルべ生涯目標のヨーロッパ4大ブルべ(PBP、LEL、MGM、1001Miglia)を達成して、ブルべの目標設定を止めて競技的志向を終えた。そして元々インドア夜型の音楽人間に少しずつ戻していこうとぼちぼちモードを切り替え始めた。年齢的にもいよいよ60歳が目前に迫って来て、身体的能力の衰えが顕著になる前にできるだけ音楽的な技量を積み上げておく必要があるというちょっとした危機感もあって、去年の年末辺りから、毎日夕食後に映画やドラマを観ている間に手遊び程度にギターかベースを弾き、その後にドラムセットに座りその後にピアノに向かうというのをルーティーンにして今日まで欠かさず続けている。一回のそれぞれの楽器の練習時間はせいぜい10~30分位だが毎日続けることが大事だと思っている。継続は力なり、練習は嘘を吐かない、は座右の銘である。

 ピアノは去年の年末から再びこの曲に取り組み始めた。

 ドビュッシーの月の光である。

 この曲を初めて聴いたのは多分小学校6年の時ではなかったかと思う。

 原曲のピアノ独奏曲ではなく冨田勲のシンセサイザーバージョンだった。ちょうどこの頃にシンセサイザーという楽器の存在を知って衝撃を受けここから私の実質的な音楽人生がスタートしたのだが、色々とシンセにまつわる曲を聴き漁っていた時にこの冨田版月の光に出会った。元々天体観測に興味があって宇宙に漠然とした憧憬を抱いていて、このシンセの月の光が深遠な宇宙のイメージに完全にマッチして一聴して引き込まれてしまった。その後しばらく時間が経ってからこの曲が元々ピアノ独奏曲だったことを知って、いつか自分でも弾いてみたいと何となく思っていた。

 その後中学高校大学はフュージョンからジャズが支配的なフィールドになってこの曲はしばらく意識の埒外に置かれていた。

 大学の頃にジャコのPDBというライブ録音を聴いたのだが、その中の一番好きな曲の”Three Views of a Secret”という曲のイントロでジャコがDX7を弾いていてその中に何と月の光のフレーズが一瞬出て来て驚いた。ジャコの音楽的審美眼の中にこれが入っているのかと考えた時、物凄いことを発見したと勝手に思い込んでワクワクしたのを憶えている。

 そして社会人になって2年目に念願の電子ピアノを買い、ドビュッシーのベルガマスク組曲の楽譜も買って月の光の練習が始まった。ピアノは小学生の中学年の頃に母親に嫌々習わされたが全く物にならずに1年そこそこで止めてしまって以来ほぼ完全な我流、当然うまく弾けるわけがない。ちょっとの間は集中的に練習するのだがせいぜい曲の一部が何とか弾けるようになったところで飽きてしまって投げ出すということを幾度となく繰り返し、一度たりとも曲を全部通しで弾いたことはなかった。そして30余年の月日が流れて去年の年末から”毎日ピアノ”を始めるにあたりとにかく”60歳までにこの曲を最初から最後まで通しで弾く”というのを目標に定めて、毎日こそこそこつこつ練習してきた。

 そして2カ月程前に遂にこの譜面を全て暗譜することに成功した。毎日たどたどしくつっかかりつつ弾き直しつつも最初から最後まで通すことができるようになった。私的には過去一度もできたことはなかったから34年目の快挙である。しかし、本番はこれからだ。この曲はノーミスで弾き切らなければ意味はない。今までノーミスで弾き切ったことは一度もない。正直ノーミスというのはとてつもなく高いハードルだ。ノーミスが当たり前のクラシックピアノ奏者の凄さを改めて思い知る。この曲をノーミスで弾き切ることは私の音楽の生涯目標の一つだ。ゴールはyoutubeにアップするかそれともどこかのストリートピアノで弾き切ることかな。

 月の光に限らず同じ譜面でも弾き手によって物凄く変わるが、この曲に関してはこの演奏が今の私のお手本という感じ。この全編のゆったり感がとても心地良い。こんなイメージで弾きたい。

 私にとっての音楽とは何かと考えた時、大きなテーマは”宇宙を感じること・表現すること”だ。言葉にすると随分と大仰だが、やはり幼い頃からこの歳になるまで私の中には宇宙への憧憬という感性がずっと不変に存在している。それを音楽で感じ表現したいという欲求を常に持ち続けている。このドビュッシーの月の光は私にとって宇宙を強く感じる大事な曲だ。

 この曲を自分の満足できる様に弾き切った時、恐らく私の人生の意義を感じる至福の瞬間を得られるのではないか、とその時のためにこれからもこつこつ練習していこうと思う。