私は道具というものが好きだ。今アクティブな趣味と呼べるものは音楽(聴く・演奏する)、サイクリング、天体観測だが、全て道具と密接に関係している。私の中では道具が手段なのか目的なのか混濁してしまっている。楽器もそう。私の手元にはいろいろな楽器があるが、道具としての楽器が好きで所有したいのだが演奏できない人間に所有する資格はないという意識から練習して使えるようになるという本末転倒な歴史が積み重なっている。そんな私の中でまだどうしても使えるようになりたいのにできない楽器がある。
サックスである。これがどうにも難しい。
私の音楽の歴史を遡っていくと記憶に残っているのは小学校低学年の音楽の授業で使っていたリコーダーが楽器と理解して接した最初の道具ではなかったかと思われる。当時のテレビ漫画の主題歌をリコーダーでコピーして無闇に”速吹き”して悦に入っていたのを何となく覚えている。ルーツからすれば私は笛系の楽器とは相性が良いはずである。時が経ち、中学生の頃に初めて聴いたナベサダの”ナイス・ショット”という曲のカッコ良さに衝撃を受け、アルトサックスという楽器を初めて認識した。いつかこの曲を吹きたいという願望がそのままサックスを吹けるようになりたいという漠然とした目標になり、経済的にちゃんとしたサックスを買うことはできなかったものの社会人になってから時々思い立ってはジャンク同然のソプラノサックスを買ってみたりウインドシンセを買ってみたりしてみたものの全然吹ける様にならずにすぐに投げ出してしまった。

これが挫折と敗北の歴史その1。
まがいものではアルトサックスの代わりにはならず、モチベーションにもならないから練習しないということを何度も繰り返して、”アルトサックスを吹きたいならやはりアルトサックスを買うしかない”という結論に達した。

初心者の練習用と割り切ってヤマハのYAS-32の中古。ついに手に入れたアルトサックスだったが、家で吹こうとすると予想を遥かに超える音のデカさでいくら戸建てに住んでいても下手な音を夜な夜な流せば近所からの苦情必死なのですぐに挫けてしまい、かといってどこぞの河原まで車で出かけて行って練習する程のモチベーションを維持できるわけもなく、買ってからそれ程間を置かずに楽器をケースから出すことがなくなってしまった。
そこからまた時間が経ってまた性懲りもなく悪足掻きに走りヤマハのVenovaとアカイのEWI USBに手を出してみたものの、Venovaはほとんど音を出せずに即挫折で売却、EWIはなかなか面白かったので取り敢えずT-Squareの”Truth”のテーマを吹けるところまではいったがそこで満足してしまい触らなくなってしまった。

挫折と敗北の歴史その2。でもEWI自体は独立した楽器として復活しそうな気がする。
その後、ヤマハのYDS-150というデジタルサックスの存在を知り、これで駄目ならもうサックスは諦めると自分に言い聞かせて買ってはみたもののやはりモチベーションが続かず今ではほとんど触らなくなってしまった。

挫折と敗北の歴史その3。これを最後の砦にしてしまった手前、売るに売れない状況が続いている。
先月渡辺貞夫のライブを観に行って92歳で闊達に音楽を紡ぎ出すナベサダに強い感銘を受け"ナイス・ショット"への憧憬を思い出した。それからナベサダの新旧のアルバムを片っ端から聴き始めた。自分なりにそこそこ聴いていたつもりだったがディスコグラフィーの半分位しか聴いていなかったことがわかり、Amazon Musicのラインアップを全部聴きそこにないものは中古CDを買い漁っている。楽器の出音もジャズ、フュージョン、サンバ・ボッサのどれを取っても文句なしの私好みでもう私の中のアルトサックスはナベサダがone and onlyになった。もう彼だけ聴いていれば満足な感じになってしまった。いや、聴くだけではない。やはりナベサダの様にアルトサックスを吹きたい。再び悪足掻きを始めた。
とにかくナベサダの真似をするということで、形から入る私はナベサダの使用楽器を調べ、サックスは買えないからせめてマウスピースとリードは全く同じものにしようと考えた。

ナベサダ使用のマウスピースはメイヤーの5番でリードはバンドーレンのトラディショナル2-2/1とのこと。マウスピースは中古をネットフリーマーケットで購入。マウスピースとリードは何が最適かなんてどうせ私には分かるわけはないので最初からナベサダで決め打ちしてモチベーションアップに繋げる。
そして、代用品ではなくとにかくアルトサックスそのものを吹かねばならないという原点に戻り、以前から買うかどうか悩んでいたケースタイプの消音器を試すことにした。

e-saxの中古をネットフリーマーケットで購入。

こんな感じでサックス全体を殻で覆ってしまって両サイドに開いた穴から手を突っ込んでキーを押さえるわけだが、実際に構えてみるとケースの分重たいがどうせ日々短時間しか練習しないのでそれ程苦にならないだろう。音は期待していた程小さくはならなかったがそれでも自室で映画を観る時のオーディオの音と同じ位までには小さくなったのでこれなら何とかなりそうだ。それにしてもちょっと吹いただけでやはりサックスは音を出すのが難しいことを認識した。先は長そうだ。
話はこれで終わらない。物欲優先の私の目の前にニンジンをぶら下げる。”1年後にFかB♭のブルースを1曲吹けたらセルマーのアルトを買う”という大胆な目標設定をする。セルマーは高校大学の頃にバンドのメンバーが使っている楽器を眺めながらサックスのベストブランドとして頭の中に刷り込まれてしまい、基本的に楽器は全てヤマハという私でもサックスだけはセルマーという先入観が完全に出来上がってしまっている。ナベサダもずっとセルマーを使い続けているのでこれはもうセルマーしかない。”いつかはセルマーのアルトサックスを自分の手元に置きたい”、これを最大のモチベーションにする。そして、先日今のバンドに入っての初めてのライブだったAJ神奈川さんの合同忘年会の2次会演奏後の呑みの場で酔った勢いでバンドのメンバーに向かってうっかりこのことを口走ってしまった。他者に宣言してしまった以上、もう後には引けない。
取り敢えず現時点で私の人生に残された最後の課題を今度こそ克服すべく、もう何度目か思い出せないがとにかく再チャレンジする。1年後、またしても敗北宣言をしないようにしなければ。