去年の11月からアルトサックスに再挑戦を始めた。この顛末は当ブログの前記事”アルトサックス”をお読みいただければと思うが、この流れで今年の年末のランドヌール・ジャズ・バンドの定期ライブでアルトサックスで1曲吹けるようになったらセルマーを買うという目標というか褒美をセットした。これは物欲優先の私にとってテキメンの効果を発揮し、毎日会社から帰ったらすぐに楽器を持って10分位練習するというのが日課になった。毎日やっていれば我流ながら何となくリードを鳴らせるようになってきて、たどたどしい指使いながら思い浮かんだ曲のテーマをなぞれるようになってきた。日々進捗が見えてくると俄然面白くなってきて家に帰ってサックスを吹くのが毎日楽しみになってきた。
その一方で、気が早いものでネットでセルマーのサックスのリサーチを始めた。セルマーのサックスの記憶は40年位前で止まっているのだが、高校の吹奏楽部や大学のビッグバンドサークルの何人かのアルトサックス担当が持っていたセルマーは大体SA80というモデルだった。大学ではオールドセルマーのマーク6やマーク7という名前は聞いたことがあるがこれはとてつもなく高いという話で実際に買った人間はいなかったように思う。私の中ではセルマーのアルトと言えばSA80という刷り込みが完全に出来上がっていた。去年の11月に渡辺貞夫のライブを観に行って大いに感銘を受け、とにかくナベサダの真似をしたいという意識もあってナベサダの使用楽器をネットで調べてみた。
このページにまとめられているナベサダの楽器の遍歴を見てみるとほぼセルマー一辺倒でちゃんとSA80も使われている。大雑把にマーク6、マーク7、SA80、SA80シリーズ2、シリーズ3、シュプリームという順で使われている様だが、セルマーの販売代理店の野中貿易のページを見るとこれがセルマーのアルトサックスのモデルチェンジの履歴そのものであることがわかった。
更にネットを調べていくと、このモデルナンバーとは別に”ジュビリー前”、”ジュビリー後”という言葉が頻繁に出てくるのでこれはこれはなんだ?ということになった。ネットで拾った情報を大雑把にまとめると、吹き込む息の抵抗感が少なく音が出しやすくピッチが正確なヤマハのカスタムモデルがシェアを上げていき、それに危機感を持ったセルマーがヤマハの吹奏感に寄せた作りに変更したのがジュビリーモデルということのようだ。セルマーの同一モデルの中でもジュビリー前とジュビリー後が存在しその境目は2010年、随分と音が違うらしい。
こうなってくると普通に考えれば当然吹き比べて選ぶべきなのだが、如何せん私はまともに音が出せないから吹き比べることなど到底できない。まあ実際に楽器を買う今年の年末までにちょっと試奏できる位になっていればいい話ではあるが気持ちだけは先走って求める楽器のターゲットを絞り込みたいという意識がどんどん強くなって更にネットを徘徊した。
いろいろな記事を読んでいると”ジュビリー後は吹きやすいが面白くない”という感想が多い。私的にも高校大学で恐らく人生で最も音楽に情熱を燃やした1980年代の楽器に対する憧憬が物凄く強いのでもう頭の中ではSA80シリーズのジュビリー前モデルという流れが完全に決まってしまった。
そして下記の2つのページでSA80シリーズにも製造時期によって細かい違いがあることがわかった。
この2つの記事をリファレンスとして、ターゲットはシリアルナンバー4332XX以前のSA80シリーズ1かシリーズ2と確定した。ナベサダも使っているし製造年も1980年代、私の情緒も十分に汲まれた妥当な結論に到達した。それにしてもこういう記事がネットから拾えるのはとてもありがたい限り。色々と勉強させてもらった。
ターゲットが決まったので暇を見つけてはネット上で何となく探し始めた、ネットオークションやネットフリーマーケット、楽器店のネットショップやハードオフやら2ndストリートなどを見て回っていると、ぽつぽつと出物が見つかった。値段的には30万円台中盤から40万円台というのが相場の様だ。簡単に決断できる金額ではないし、買えるとすればどうせ今年の年末以降だから本気で品定めするのはその時になってからということで、取り敢えずウインドウショッピングを楽しむという感じで結構な数のサックスを眺めて回った。そんな時、名前を聞いたこともない楽器店のネットショップで1本の出物を見つけた。SA80シリーズ2でシリアルナンバーは43302Xだから一応ターゲットレンジに入っているシリーズ2の最初期モデルになる。見た目はあちこち錆が目立って写真写りも良くないのでかなりみすぼらしく見える。更に未調整で現状渡しとの但し書きがついている。写真を目を皿の様にして眺めまわすが傷や錆は多数あるが管の凹みはなさそうだ。で、値段だがネットショップを回った中で唯一の20万円台と安い。といっても20数万円を即決できるできるわけはないので取り敢えずブックマークしておいた。それからというもの、更にあちこち見て回っていてもどうしてもこの1本が頭から離れなくなってしまった。値段が安いということも勿論あるのだが、傷や錆だらけで如何にも粗雑に扱われたことを物語る風貌に、まるで保護犬猫を見るような心境になってきた。このみすぼらしい楽器を私の手で再生しなければならないという使命感が湧いてきた(私は中古楽器を買う時は大抵こうなる)。
未調整品だから本当にボロボロでメンテナンスに出したら修理代が高額になって結果的に相場を超える価格になってしまうリスクもある。いや、たとえ幾らかかってもこの不幸な楽器は私の手で再生しなければならないと本末転倒な思考になってきた。まだ1曲も吹けないのにその宣言を自ら覆すのか?何日も逡巡し続け、だんだん思い悩むこと自体が馬鹿馬鹿しく思えてきた。今の私の中を支配するこの逡巡を断ち切るにはあの楽器が誰かに買われるか私が買うかのどちらかしかない。ブックマークしてから1か月以上監視し続けているが、一向に売れない。一方でネットオークションではSA80シリーズ2の最初期バージョンが幾つか出ていたが皆40万円以上の高値が付いて落札されていった。やはり見てくれが悪いと安くても売れないということなのか、それとも単に客の目に留まらないのか。もう難しく考えるのは止めた。中古楽器との出会いは一期一会、この機を逃して後で後悔しないというシンプルな思考に立ち戻る。
というわけで買った。
1月半ば、買った翌日に早くも届いた。

そう、これが学生の頃に羨望の眼差しで眺めていたセルマーの楽器ケース。このケースを見ただけで胸が高鳴る。

ケースを開けると30余年の風雪に耐えて一見みすぼらしくもしっかりと威厳を保ち続けるセルマーの姿がそこにあった。一目見て鳥肌が経つ程の感動が湧いてきた。
手に取ってざっと眺めてみるが、写真で見る程の酷い状態ではなく、錆や傷はともかく凹みは見当たらないので一安心。

とうとう手に入れた。40年来の執着が遂に果たされた。
早速吹いてみようと、ネックを本体にはめようと思ったら窮屈でなかなか入らない。感動も束の間、早速訪れた試練。まあ未調整ということは充分に覚悟していたので落胆は殆どない。素人が無理にねじ込んでダメージを与えては拙いのでそのままケースを閉めてメンテナンスに出すことにする。

週末に以前トロンボーンを修理してもらったリペア工房に持ち込んだ。ネットで有名ショップのリペア料金を見ていたら結構高いので10万円越えの見積もりが出てきた時の心の準備をして行ったが3万円そこそこで収まって安堵した。

1週間後、沖縄遠征からの帰宅途中でリペア完了した楽器を持ち帰った。翌日早速吹いてみる。ネックは本体にスッとはまって一安心、ばっちり整備されている。
先に手に入れていたメイヤーのマウスピースを取り付けて初めて音を出した時、それまで使っていたヤマハのYAS-32とのド素人でもわかる程の音の違いに驚いた。中低音のふくよかな感じの音に”これがセルマーの音なのか!”と猛烈に感動してしまった。ネット上で”ジュビリー前のセルマーは息の抵抗感が強く吹きづらいけれど中低音が豊かな太い音がする”という評価が大勢を占めていたがそれがそのまま当てはまる。
これは吹いていて楽しい楽器だ。いずれ慣れてくるのだろうが今はこの新鮮な吹き心地を楽しみたい。毎日会社から帰ってすぐにサックスを吹くのが日課になっているが、セルマーの存在が毎日退社前のワクワク感を醸し出してくれる。
使っているうちに、やはり錆が気になってしまった。リペアに出した時に工房の店主から”一時的に錆を取ってもどうせまた錆びるから取らなくて良い”と言われて一旦は納得したが、錆そのものというより錆びた原因となった汗やらの不純物を取り除いておきたいという意識が強い。










研磨剤の入ったポリッシュを使うと残っているラッカーを削ってしまうのでそれはやりたくない。何とかラッカーはそのままで錆だけ取り除く方法はないものかとネットで調べたが見つからない。一方で、中古で売られているサックスをかなりの数見てきたが、少なくともショップで売られているもので錆びているものは殆どないし、よく見ると明らかに錆を落とした跡が見られるものが幾つも見つかるので必ず錆落としのノウハウがあるはずだとしつこく探したら試してみたいものが見つかった。
この動画で使われているのは呉工業ラストリムーバー。このやり方ならお手軽でラッカーを削らずに錆を取ることができそうなので試してみることにした。

amazonで注文して早速届いた。

動画と同じ要領で綿棒に付けて、一か所試しに磨いてみたら見事に錆が落ちた。局部的な錆に擦り付けて錆が取れたらすぐに拭き取るという作業をちまちまと続けていく。










2時間位かけてめぼしい所の錆を除去して見た目もかなり綺麗になった。やはり錆はない方がよい。いずれまた錆が出るのだろうが不純物の少ない酸化膜になるならそれはそれで気休めになる。まずは錆びない様に練習したらちゃんと水抜きをして全体を乾拭きする癖を付けなければ。こうやって自分で手を入れながら楽器を少しずつ馴染ませていく過程が物凄く楽しい。



この造形美、機能美。飽きずにいつまでも眺めていられる。新品のピカピカ状態もいいけれど、この中古楽器特有の適度に朽ちた落ち着いた佇まいの方が道具に対する親近感も相俟ってより深い愛着を感じる。

この楽器との一期一会を逃さなくて本当に良かったと心底思う。さて、改めてこの楽器で今年の年末にライブのステージで1曲吹くという宣言を果たすべく練習しよう。そしていつかナベサダの”ナイス・ショット”が吹ける様になりたい。

この楽器を所有するに相応しい人間になりたい。人生の目標がもう一つ増えた。