2020BRM126熊本200/レポート1:スタート前日

 先週末の熊本遠征から帰って来て、ほぼ平常時の日常に戻ったが心理的にはまだちょっとふわふわとした浮遊感というかわずかな非日常感が残っている。頭の中で先週の記憶を反芻する時間が続いていたが、ようやく書こうというに気になって来たのでぼちぼち書き始めることにする。そんなわけでBRM126和水200km嘉麻ターンの走行レポートは下記の通り。

 

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 1/25(土)、8時に自宅を出発。空はどんよりと曇ってはいるが取り敢えず雨が降っていないのは助かる。

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 最寄り駅に到着。今回は初めて簡易輪行袋での飛行機輪行にチャレンジする。不安があるが何事も経験だ。

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 8:40発のリムジンバスに乗車。事前予約はしていなかったが問題なく乗れた。

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 首都高の渋滞は全くなく9:50に羽田空港着、予定よりも40分近く早い。これならもう1本遅い便でも良かったのではと一瞬思ったが、そういうことを言っていると去年首都高大渋滞で北海道行きの便に乗り遅れた失態を繰り返すことになるのでこれで正解だったと納得する。

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 羽田のロビーはいつもの賑わい。今回は初めてソラシドエアを使う。カウンターは第2ターミナルの左端、かなり歩く。

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 カウンターで輪行袋を預けたいと申し出たら、既に事前チェックイン完了状態なのでそのままANAの大型手荷物預かりカウンターに行ってくれと言われた。

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 ANAの大型手荷物カウンターは4番。結構並んでいる。15分程の待ち時間の後、私の番が回ってきた。

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 簡易輪行袋は特段の疑義を挺されることもなく預け入れができそう。最近は国内の主要航空会社はタイヤの空気は抜かなくてもOKということなので通常の空気圧のままで渡したし、実際に空気圧については何も言われなかった。ほぼ自転車だけの重量なので7kgちょっと。積む時の姿勢だけは聞かれたので向きを指定して上側を示す矢印のシールを貼ってもらって無事に預け入れが完了した。

 特にやることもないのでそのまま搭乗口に向かうべく保安検査場に入る。保安検査で手荷物からパソコンをいちいち出さなければならないのは毎度毎度面倒だ。取り出すのは良いが荷物が詰まったバックパックに再び入れなければならないのが毎回難儀する。

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 搭乗口でスマートフォンを眺めつつぼさーっと時間を潰しつつ搭乗時間を待つ。

 11:40過ぎに登場開始、12:05発のフライトは特段の遅延もなく予定通りに離陸した。

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 上空は青空だが結構揺れる。昔程ではなくなったものの飛行機が苦手な身としてはやはりちょっと怖い。

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 定刻通り14:00に熊本空港に到着。熊本の天気は予報通りの雨。

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 輪行袋は大して待たされることなくすんなりと出てきた。

 熊本から玉名までは40km弱、天気が良ければ空港で輪行解除して自走で向かおうと思っていたがこの雨なので断念、プランBのリムジンバスと鉄道での移動を選択する。

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 空港前のバス乗り場に向かう。リムジンバスというより通常の路線バスで荷物専用のトランクはないので輪行袋は車内持ち込み、もしいつもの輪行ケースだったら積むのが大変だったかも知れない。空港連絡バスは日中はそこそこの本数があるので慌てる必要はなさそうだ。

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 JR熊本駅前までは約1時間で料金は800円。乗る前に券売機で切符を買っても良いし乗ってから降車時に払っても良い。乗る前に切符を買ったが、PASMOが使えることに後で気が付いた。

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 14:25発の熊本市街行きに乗車。車内は混雑していたので輪行袋を押さえつつ立ち乗り。

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 15:20に熊本駅に到着。冷たい雨がパラパラと降る中、35年振りに駅前に降り立った。35年前の駅舎は見る影もなく立派な駅になっていた。九州新幹線がここを通っており見るからに新幹線の発着駅になっている。

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 当時と同じく路面電車が走っている。これは懐かしい。

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 在来線は高架になっていた。15:34発の大牟田・鳥栖行きに乗る。いよいよ35年前へのタイムスリップの最終段階に入ってきた。

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 目的地は玉名駅だがプランBはその一つ前の肥後伊倉駅で下車して輪行解除し、懐かしの場所を散策しながら玉名に向かうというもの。最終判断は雨次第ということだ。

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 電車も随分と様変わりしているがそれでも何となく地方の在来線という雰囲気が出ていて良い感じだ。肥後伊倉までは30分足らず、遂に35年振りに彼の地への邂逅を果たす時が来た。喜びと期待と不安がごちゃ混ぜになった複雑な心境が静かに盛り上がってきた。

 目的地が近付いてきたが外は相変わらずの小雨。このまま玉名まで行ってしまおうかとも思ったが、今回の玉名遠征は一発勝負、次にいつ来れるかわからないので小雨ごときで躊躇する余裕はない。予定通り肥後伊倉で輪行解除することに決定。

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 16時に肥後伊倉駅に到着、独り駅に降り立った。

 駅舎こそ建て替わってはいたがそれ以外の周りの風景は正に35年前に薄っすらと覚えている情景そのままだ。驚きつつ静かな感動が沸き上がってきた。正に35年前に戻って来た様だ。感無量。

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 懐かしさに浸りながら取り敢えず輪行解除。バイクをざっと見回して問題ないことを確認した。いよいよこれから懐かしの場所を見て回る。小雨がぱらつく中、バイクに跨ってゆっくりと走り始める。

 駅の小さな敷地から直ぐに見ることができる、中学時代の数少ない友達の一人の家が目に入って来た。当時そのままの建屋だったがどうやら空き家の様だ。

 肥後伊倉駅は中学時代の行動範囲の中にある。先ずは中学校を見に行くことにする。

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 駅から1km程の道は当時の通学路にも重なる。当時は自転車通学していたのだがその時に見た風景と全く変わっていなかった。もういちいち驚きと懐かしさがこみ上げてくる。

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 ここを右折すると中学校。

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 母校に到着。正門が綺麗に改築されていた。正面の校舎は私が在学中に完成した新校舎だったのだがそれがそのままで残っている。

 今日は土曜日だが校内は静まり返り生徒の姿は全くない。静寂の中、しばし校舎を眺める。

 この学校へは中学1年の途中で転校してきた。ここの男子生徒は坊主頭という如何にも田舎の学校だった(今でも坊主頭なのか知りたかったが残念ながら生徒の姿を見ることはできなかった)。転校当初からよそ者という扱いを受け卒業まで酷いいじめを受けた。

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 体育館は建て替わっていた。体育館の裏、ここも強く印象に残った思い出のある場所だ。

 この学校は当時の風潮に漏れることなく不良生徒がたくさんいた。まだ1年生だった頃、2年生に際立った不良生徒がいて校内でも常に悪目立ちしていたのだが、ある時そいつはバイクを買いたいがために1年生全員から数千円ずつ金を集めたのだが俺は払わなかった。それで目を付けられたのか、何かにつけそいつからちょっかいを出される様になった。それからしばらくしてそいつはバイクで事故を起こして死んだのだが、その死の報を聞いて俺が笑ったという噂が校内で立てられた。ある日の放課後、3年生の不良から呼び出され体育館の裏に行ったら3年生のほぼ全員(大体みんな不良だった)が待ち受けていて囲まれて「お前、あいつが死んで笑っただろう」と詰問された。このまま袋叩きに遭うのかと覚悟したら、異常を察知したバレー部のコーチが割って入ってくれて助け出してくれた。

 今思い返してもここのいじめの具体的な内容はそれ程気の強くない中学生にとっては酷く辛いことばかりのはずなのだが、今振り返ってみてその辛いという感情が殆んど残っていないのだ。いじめの記憶が消えたわけではないのだがその辛い感情を覆い隠してくれているものがあった。それはその当時聴いていた矢野顕子の「ごはんができたよ」と「ただいま。」という2枚のアルバムに入っている楽曲だ。当時はボロいラジカセでラジオを”エアチェック”してカセットテープに録音して聴いていたのだが、それらの音楽がこの時代の記憶に完全に結び付いて風景などの視覚情報と同化している。音楽の力というのは凄いということに改めて感じ入る。

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 中学校から当時住んでいた家に向かって通学路を遡る。当時激坂だと思っていた短い上り坂は今登っても案外きつかった。

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 自宅近くのちょっとした山の上にある公営団地に寄ってみた。ここもその当時のままの建物で何も変わっていない。

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 団地から坂を下って来て当時の我が家の前に来たら家は無くなっていた。

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 周囲の風景はほぼそのままなのにそこにあるべきものが忽然と消えているという不思議な感覚。確かに35年前にタイムスリップしてきたはずなのに何がが違う、まるでパラレルワールドにいる様だ。

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 家から今度は高校への通学路を走り始める。ここから眺める風景もそのまんま。

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 菊池川を渡る。この灯篭のモニュメントは当時はなかった。

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 橋の向こうに玉名の市街地が見える。これもそのまま。

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 街中のおもちゃ屋。当時この店でガンダムやマクロスのプラモデルを買っていた。今は人形専門店になったのか。でも建屋はそのまま。

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 通学路を外れて駅通りから玉名駅に向かう。商店街はそのままだがちょっと寂れた感じ。

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 駅前の電気屋も当時の店構えのまま。ちょうど初代ウォークマンが発売された時期で、カタログをもらいショーウインドウから実物を眺めていたなあ(買えなかった)。

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 玉名駅。駅舎は変わっていない。高校3年生になる前に親父が福岡に転勤になり電車通学に変わった。毎日この駅に降りて高校へ通っていた。

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 駅前の風景もほぼ変わらず。ここから左斜め前に進んでいくと高校だが、その前に駅の線路を隔てた裏にあった行きつけの楽器屋に行ってみる。

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 楽器屋は閉店していた。店の直ぐ横にあった母屋もなくなって更地になっている。熊本遠征の前にネットでこの店の様子を調べてみたら割と最近まで営業していた様で、もしかしたら店主にも会えるかなと期待していたのだが残念。ここに来てどっと寂寥感が湧いてきた。

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 この店はちょうど高校在学中に開店した。小さなプレハブに元スタジオミュージシャンが店主というかなり風変わりな店だったが、居心地が良くてしょっちゅう用もないのに立ち寄っていたところ。当時発売されたばかりのDX7をこの店で買ったのも思い出(そのDX7は35年経っても今だ我が家で現役で動いている)。私的に音楽的な素養が大きく育った場所の一つだ。確実に時は過ぎていたことを目の当たりにしてしばし途方に暮れる。

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 再び線路を越えて駅前に戻る。この静かな街の雰囲気も当時のままだ。

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 駅前に戻って高校への道のり。この坂の途中にラーメン屋があって毎日の様に部活の帰りに立ち寄っていたのだが、残念ながら店は無くなっていた。

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 駅から数100m進むと高校が見えてきた。ここからの風景もそのまま。本当にどこを見ても変わってない。

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 母校に到着。正面の校舎も建て替わっておらず当時のままだ。校内はひっそりと静まり返り生徒の出入りはない。今日は土曜日だから部活で賑わっていると思ってたらちょっと拍子抜け。当時吹奏楽部だった身としては校舎の向こうから楽器の音が聞こえてくるのを期待していたのだがちょっと残念。

 高校に入り、中学の辛い境遇から解放され心機一転、入学最初はハンドボール部だったが、程なく吹奏楽部に入ってそれと並行してバンドもやり始めて私的に音楽的なキャリアが一気に開花した時代だった。トロンボーンを始めたのもこの吹奏楽部がきっかけだった。今思い返して人生の中でもっとも純粋で青臭くアグレッシブでパッションに溢れた3年間だったと思う。

 当時は高校だけだったが今は附属中学が併設されている様だ。中に入って見て回りたかったが立ち入り禁止なので外からしばし眺める。そのうち雨が強くなってきたのでその場を離れる。

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 校舎の裏へ回ってみる。この辺りの風景も変わっていない。広い学校の敷地の外れに学校の合宿所があってそこを見ていこうかと思ったが道が分からなくなっていて敷地の外からは行けなかった。吹奏楽部や生徒会で事ある毎に宿泊合宿をしていた思い出深い場所だったので見られなくてちょっと残念。

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 高校から家までの自転車通学経路を遡ってみる。まあもういちいち驚かなくなってきたが当時と全く同じ風景が目に入ってくる。正にタイムスリップしているな、これは。

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 この先真っすぐ進めば再び菊池川でその先が当時の家ということになるのだが、日も暮れて暗くなってきて雨も降り続いているので散策はここまでとして左折して今日の宿に向かう。

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 今日の宿は玉名駅から2km程の玉名温泉の中。正面に見えるのがそのホテル。

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 チェックインして部屋に入る。久し振りに狭い部屋で自転車持ち込みは不可、止む無くロビーに置かせてもらうことになったがまあ盗まれることはないだろうとタカを括る。

 部屋に入って一段落してさあ、ラーメンだ。朝から何も食べていないので滅茶苦茶腹が減っている。ホテルから1km程の玉名の街に徒歩で戻ってラーメン屋に向かう。

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 玉名ラーメンの代表店の一つに到着。

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 待ちに待ったラーメンが来た。記憶に残る味そのもので感動。味覚を通して当時の記憶は呼び覚まされるというのは凄い体験だ。正に青春の味、私的にラーメンの原点がここにある。当時は玉名ラーメンという呼び方はしていなかった。

 心も胃袋も満たされて店を出てホテルに戻った。

 部屋に戻ってしばし放心。玉名に降り立ってたかだか3時間程なのにこの魂が静かに大きく揺り動かされる様な非日常体験にもう完全にこの熊本遠征の目的が何なのかすっかり見失ってしまった。明日ブルベを走ろうというモチベーションがどこかに飛んでしまった感じだ。事前にある程度予測できたことではあるがまさか本当のそうなるとは。

 しかし、熊本遠征は千載一遇のチャンス、そう何度も来ることができるものではないし、初のR熊本さんのブルベカードをゲットするというミッションを達成しないわけにはいかない。気を取り直して明日の準備をして、明日は5:30にアラームをセットして22時に消灯。