訃報

 今日はいつもの荒川CR上流を走った。
 本当なら今日はこ~ぢ倶楽部のレクチャーイベントに参加するはずだったのだが、昨日の朝こ~ぢ倶楽部のブログをチェックしたら突然の臨時休業の御知らせがアップされていて、何事かと思って読み進むとその訃報を知った。

 ベルナール爺さんが亡くなった。

 正直なところ、ベルナールという名前以外何も知らない。勿論面識があるわけでもない。とりたてて有名人でもない。でも、言い表せない喪失感に包まれた。

 一言で言えば、福島晋一・康司兄弟と新城幸也の3人をアマチュア駆け出しの頃にフランスで面倒を見ていた、言わば育ての親みたいな存在である。

 ベルナール爺さんの話は、こ~ぢさんからしょっちゅう聞いていた。こ~ぢさんがプロロードレーサーを目指し体一つでフランスに渡ってからの5年間を物心共に支られいっぱしのロードレーサーに鍛え上げられるというストーリーを、様々なエピソードでこ~ぢさんが語ってくれた。
 新城幸也くんが年老いたベルナール爺さんの元を訪れたのが2003年、ベルナールさんが面倒を見た最後の選手となった。その当時既に老人ホームに入っていたベルナールさんは、幸也のレース見たさに不自由な体でポンコツ車を自ら運転して幸也のレースを観に行っていたらしい。老人ホームではそんな”脱走”を防ごうと車の前にブロックを積み上げたらしいのだが、それは何度となく破られたとのこと。

 こ~ぢさんから語られるベルナール爺さんの姿に、私もいつしか親近感を覚えた。遠い東洋の国から来た3人の駆け出しの若者をまるで我が子の様に我が家に住まわせ生活の面倒を見、アマチュアのレースに参加させていたベルナール爺さんの懐の深さ、自転車・ロードレースへの限りない情熱・愛情を持った人が遠いフランスに住んでいるなんて何だかとても嬉しくなった。
 そして今を時めく日本人ロードレーサーのトッププロとなった福島兄弟・新城幸也が今あるのはベルナール爺さんの御蔭だとすると、日本の自転車ファンの一人としてベルナール爺さんに感謝せずにはいられない。

 こ~ぢ倶楽部でフランス遠征する時はベルナール爺さんに会いに行こう、と言っていたので私も是非一度会って言葉を交わしてみたいと思っていた矢先の訃報だった。残念という他ない。

 享年98歳(多分)、安らかに眠って下さい。

 今日の荒川CRは快晴、珍しく北風もなく気温もそこそこで走り易かった。走りながら取り留めもなくベルナール爺さんのことを考え、冬枯れの野原が普段よりちょっと寂しげに見えた。こ~ぢさんじゃないけれど、私ももっと自転車に乗って強くなろうと思った。