盗難

 通勤用バイクを盗まれた。

 ちょうど1週間前の金曜日のことだ。

 会社絡みの飲み会を終えて20時半頃に駐輪場に行くと、そこにあるべきバイクが忽然と消えていた。その光景を目の当たりにした瞬間はどういうことか理解できなかったが、事態を把握して茫然自失になった。2本かけていたワイヤーキーごと綺麗さっぱりなくなっていた。やり場のない憤りと脱力感に襲われつつその場をうろうろしてみるが、何もない。数分間、辺りをうろつくうちに少しだけ冷静さを取り戻し、とにかく今できることを考える。以前耳にした「犯人は盗んだバイクをとりあえず近くに置いて後で取りに来ることがある」というのをふと思い出し、付近に点在する駐輪場をくまなく見て回ることにした。可能性は低いとわかっているが、とにかく確認してみないことには納得できないので見て回ったが、やはりなかった。その足で近くの交番に行き、被害にあったことを告げる。防犯登録をしていなかったので最初は少しばかり難色を示されたが、状況を説明すると親切に対応してくれてとりあえず被害届を作成してもらえた。
 交番を出たのが22時前、もうその場をうろついてもどうにもならないだろうと思い、モノレールに乗って帰途に就いた。バイクウェアのままヘルメットを抱えて電車に乗りながら、今宵起こったことをひたすら考える。物を擬人化するのは好きではないが、長い間相当に思い入れて手をかけてきて手足の様に馴染んで、PBPを始め様々な場所を走りながら苦楽を共にした我がバイクとの突然の別れは、文字通り体の中にぽっかりと穴が開いたような感覚に囚われた。

 帰宅して直ぐに中古ショップ数軒に盗難車情報を登録し、オークションを見て回るがとりあえずそれらしい車体やパーツは出品されていなかった。

 バイクを盗んだ下種野郎に対する怒りは勿論あるし何とか取り戻したいという思いは当然あるのだが、一方で冷静に考えれば出てくる可能性はかなり低いという現実も受け入れておかなければならない。やれることは当然やるとして、生活のペースを乱されないようにしなければならない。まずは、自転車通勤に穴を開けないことが最優先と考えた。屋根裏に仕舞い込んだフレームやらパーツを掻き集めるととりあえず1台組めそうなのでまずは週末に速攻で通勤用バイクを組み上げることに注力することにした。翌日の土曜日に足りないパーツの買い出しにショップまで車を走らせていた途中、白バイに捕まった。最初は自分が何をしでかしたのか全く分からなかったが、聞けば一旦停止違反だという。自分では冷静でいたつもりだったが、荒んだ気持ちが無意識のうちに運転に出ていたのだろう。これでまたしてもゴールド免許になり損ねたことにがっくり気落ちしつつ、再びショップに向かった。こういう時にどういうものの考え方をするか、実際に直面することが滅多にないのでメンタルコントロールの格好のテストケースと建設的に捉えるべきであろう。

 翌日にはバイクを組み上げ、取りあえず次の週からの自転車通勤には穴を開けずに済むことになった。月曜日は雨だったので火曜日から新しいバイクで会社に向かう。バイクに乗って通勤することができたことは、とにかく嬉しい。バイクを取られたことは当然怒り心頭だが、そのせいで生活を乱されることもまた耐え難い。
 会社に着いて、試験的に輪行袋に入れて社屋に持ち込むことにした。その日の定時後に駐輪場に行って管理人さんに事情を説明する。当日は20時までいたとのこと、ということは、20時から20時半までの30分間の犯行ということになる。もう少し早く飲み会を切り上げていたら、と更にがっくりくることになった。

 盗難から1週間、ネット上の中古ショップやオークションを毎日数回巡回しているが、それらしい物は今のところ出てきていない。犯人はまだ隠し持っているのかあるいは乗り回しているのか、それとももう別の経路で売却してしまっているのか。当初は犯人にこちらの動きを察知されない様に監視に留めていたが、そろそろバイクの写真を知り合いに公開して目撃情報を募ろうかと思っている。

 長期戦になりそうだが、そう簡単には諦めない。冷静に淡々とやるべきことをやるだけだ。