1001Miglia2024/Report 1:序章・出発前日まで

 イタリアから帰国して4日が経過した。帰国した当初は全身ががたがたで、特に腰と両掌と両足裏の痛みが酷く立って歩くのが億劫だし横になっても楽な姿勢がなく時差ボケも手伝って夜もよく眠れずに睡眠不足がなかなか解消されない状況が続いていたが今日になってようやく身体各所の痛みが引いてきて疲労感も薄くなってきた。ここまでとにかく病人の様な疲労感の中にあって走行当時の記憶の改竄・美化は全く始まっていない。振り返れば8/22の朝6時に確かにゴールして首から完走メダルを掛けられ完走証ももらって相応に完走の達成感と大きな開放感を感じていたが、時間が経って落ち着いてきて今の心境は、まだ主催者の公式リザルトが発表されていないこともあって本当に完走したのかいまいち信じ切れていないということとイタリア渡航前まで抱えていた重しが消え失せてしまい軽くなったというよりは虚無感と言った方が近い気がする。こういう心境を燃え尽き感と言うのかも知れない。兎にも角にも1001Migliaの挑戦は終わった。これからこの12日間を振り返りブログを書きながら追体験して、1001Migliaが果たして何だったのかを改めて認識したいと思う。

 そんなわけで1001Migliaの走行レポートを書き始めよう。

 

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[目次]

エントリー

 2011年と2015年にPBPを完走して海外ブルベへの視野が広がりつつある中で、2016年に稲垣さんからヨーロッパの主要ブルベがフランスのPBPに加えてイギリスのLondon-Edinburgh-London、スペインのMadrid-Gijon-Madrid、イタリアの1001Migliaであることを教えてもらった。フランス、イタリア、スペインと言えばサイクルロードレースの最高峰のツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリア、ブエルタ・ア・エスパーニャのイメージが強く自転車の聖地という印象があるので死ぬまでに一度は走ってみたいと強く思うようになり、PBP、LEL、MGM、1001Migliaというヨーロッパ四大ブルベを完走することが明確な目標となった。2017年にLEL、2018年にMGMを完走し、3度目のPBPを完走した2019年の10月に翌年に開催される1001Migliaにエントリーしいよいよ最終ステージのチャレンジだと意気込んだ。しかし2020年の初頭から新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい始め、パンデミックによるロックダウンという予期せぬ状況に陥り、事態が長期化する中で8月の1001Migliaは翌年に開催延期となってしまった。2021年になってもパンデミックは続き日本は出入国制限が解除されることなく8月を迎え、1年遅れで開催された1001Migliaを結果としてDNSすることとなってしまった。不可抗力とはいえDNSとなってしまったことに大きく落胆した。年齢的に身体能力は下降の一途であることを考えれば次回開催の2024年までの3年間は大きい。しかし諦めるわけにはいかないので体力はともかくモチベーションだけは失わない様に次の機会を待つのみだ。

 2023年になって4回目のPBPを何とか完走し走力としてまだ何とかなりそうな目途がつきつつ、10月になっていよいよ1001Miglia2024のエントリーが開始されたので速攻で申し込みをする。PBPやLELの様なアクセス殺到による接続不能となる様なこともなく10/15にすんなりとエントリー完了。エントリーフィーはドロップバッグ込みで€260、支払いはクレジットカードで問題なく行うことができた。

 その後、公式ホームページ内に開設された個人ページを通じて、

1. 身分証明書(パスポート)、イタリア国内で有効な100万ユーロまでの自転車賠償保険証書(英文)、競技用健康証明書の3種の書類登録

2. スタート時間及び受付時間の登録

3. 記念ジャージ等のグッズ類の購入登録

を順次行うこととなった。まず必要書類について、パスポートのコピーは直ぐに用意できたが、競技用健康証明書は定型の英文書式をダウンロードしてきて最寄りの病院で健康診断(問診程度の簡易的なもの)を受診してサインをもらうという形で用意した。ちなみに費用は3000円。そして自転車賠償保険証について、今加入している賠償保険は海外でも有効で賠償金額の上限も3億円なので必要要件は満たしているものの英文の証書を発行してもらうことはできなかったので、オフィシャルに日本語版でもよいかどうか問い合わせて了解をもらった。必要書類を全て揃えて期限までに個人ページからアップロードすることで登録を完了した。

フライトとホテル

 エントリーが完了したので次はフライトとイベント前後泊のホテルの確保だが、折からの円安もあって真剣に検討する気になかなかなれなかったのだが、月日が流れて春になりいい加減に確定させておかないと拙い時間帯になって来たので検討を開始した。フライトについてはコストと所要時間と現地到着時刻を考慮して検索したらミラノ・マルペンサ空港に8/14の10時着(発は8/13の23時)のJALとの共同運航便のフィンエアーが26.3万円と群を抜いて安かったので迷わず選択。まずはフライトを4月に確定させた。次にホテルの確保だが、ホテルの場所をどこにするかは空港からとスタート・ゴール地点とのアクセス方法をまず考えなければならない。ミラノ・マルペンサ空港とスタート・ゴール地点のパラビアーゴへのそれぞれの移動はまずは鉄道移動をすることを検討したが両地ともミラノから鉄道移動が可能であることが判明した。ならばホテルはミラノに確保することが妥当だという結論に直ぐに到達した。当然駅近くにするのが便利だがミラノにはミラノ中央駅とミラノ・ポルタ・ガリバルディ駅という主要な駅が2つあって、直通電車ということでは空港にはミラノ中央駅、パラビアーゴにはミラノ・ポルタ・ガリバルディ駅が便利ということが分かった。幸いその2つの駅は1.5km位の距離で近接しているのでホテルはその間位に取るのがベストだと考えた。ここからコスト優先で検索した結果、最終的にベスト・ウエスタン・マディソン・ホテルに決定。前後とも予備日を入れて2泊ずつ計4泊を予約した。コストは1泊当たり€91だがイベント参加中のバイクケース預かりについてホテルに問い合わせたら1日当たり€6必要ということだったので宿泊コストは最終的に€400ということになった。6月にホテルも確保し、これで8/13~25の旅程が確定した。それぞれの位置関係はこんな感じ。

走行プラン

 走行プランについては公式ホームページからダウンロードしたルートデータと幾つかのドキュメントを使って検討した。

 全体的なルートデータはこんな感じ。そして各通過チェックポイントとそれぞれのオープン&クローズ時間が記載された下記ドキュメントを参考にしながら走行プランを組み立てていく。

 昼間走って夜寝るという基本サイクルを維持することと仮眠ポイントはチェックポイントの仮眠所を利用することを主たる考慮点として検討した結果、最終的に下記の走行プランが確定した。

 表中の水色部分がプランだが、スタート時間を一番遅い16日21:00として初日は徹夜走行で5泊6日の22日6:30ゴールというもの(公式ドキュメントではゴールクローズが10:30となっているが完走リミットタイムが134時間だとすると11:00になるので取り敢えず勝手に読み替えてある)。仮眠ポイントが1stドロップバッグのポイントとは合わないがこれは割り切るしかない。これを基にして分割した1日毎のルートデータはこの様になった。

<1日目>Parabiago->TP4:Gorfigliano/374.6km

<2日目>TP4:Gorfigliano->TP7:San Quirico D'Orcia/300.9km

<3日目>TP7:San Quirico D'Orcia->TP10:Matassino/319.8km

<4日目>TP10:Matassino->TP14:Massa Finalese/253.2km

<5日目>TP14:Massa Finalese->TP17:Fombio/236.2km

<6日目>TP17:Fombio->Parabiago/123.5km

 距離目安での分割という意味ではまずます上手くいったという感じだが、山岳のレイアウトが前半と後半では大きく異なるというのがこのコースの特徴で獲得標高差の違いがそのまま難易度の差になるものと予測される。大雑把に言えば1~3日目までがSR600グレードの山岳1000kmで4~6日目が平坦の600kmという感じになる。とにかく3日目までを乗り切れるかどうかがこのコースの最大の攻略ポイントになるものと思われる。

 なお、公式GPXデータを細かく見ていくと、不自然なショートカットや無意味なコースアウトなど恐らく作成者の入力ミスと思われる明らかにおかしなところがあちこち見つかったので修正を加えることとなった。

装備

 今回のコースが明確な山岳コースだということもあり、とにかく極力重量を減らすことをまず念頭に置き、今までの国内外の超長距離ブルベでの経験を充分に考慮して装備の選定を行った。まず、天候的には局地的な雨は予測されるものの全般的には好天で且つ最低気温が全行程で15℃を下回らない見込みであることを考慮して雨装備一式を持たないことにした。具体的な装備は下記の通り。

バイク装備
 ・フロントライト:Fenix/BC25R x2
 ・アクションカム:Sony/HDR-AS30V
 ・サイクルコンピュータ:Bryton/Rider750SE
 ・ナビ:Garmin/etrex30x
 ・リアライト1:Cateye/TL-LD155-R
 ・リアライト2:Cateye/TL-LD155-R
 ・リアビューレーダー:Bryton/R300L
 ・750mlボトル2本
 ・ポンプ:Topeak/RACEROCKET HPX

フロントバッグ(モンベル)
 ・カロリーメイト4袋
 ・塩タブレット
 ・カルパス3本
 ・etrex用単3電池4本
 ・カメラ用電池1個
 ・アクションカム:Panasonic/HX-A1H
 ・モバイルバッテリー2個
 ・充電用ケーブル4種(Lightning、USB-Micro b、USB-C、Garminウォッチ用)
 ・耳栓

サドルバッグ(Apidura/バックカントリーサドルバッグ6L)
 ・モンベル製携帯ウインドブレーカー
 ・アームウォーマー
 ・レッグウォーマー
 ・エマージェンシーブランケット
 ・バックアップ用ナビ:Garmin/etrex20x
 ・シフトワイヤー1本
 ・チェーン3コマ+ミッシングリンク2個
 ・タイヤ1本
 ・チューブ6本
 ・応急タイヤパッチ
 ・タイヤブート2枚
 ・ブレーキシュー2個
 ・集合工具
 ・タイヤレバー3本
 ・太田胃散
 ・ワカマツ止瀉薬
 ・絆創膏
 ・ティッシュペーパー

ドロップバッグ1st用
 ・チューブ1本
 ・タイヤ1本
 ・モバイルバッテリー2個
 ・各種充電ケーブル
 ・etrex用単3電池4本
 ・カメラ用バッテリー1個
 ・カロリーメイト4袋
 ・塩タブレット1袋
 ・カルパス3本

ドロップバッグ2nd用
 ・半袖ジャージ1枚
 ・レーパン1枚
 ・チューブ1本
 ・タイヤ1本
 ・モバイルバッテリー2個
 ・各種充電ケーブル
 ・etrex用単3電池4本
 ・カメラ用バッテリー1個
 ・リアライト用単4電池2本
 ・サロンパス貼り薬
 ・サロンパス塗り薬
 ・キネシオテープ
 ・カロリーメイト4袋
 ・塩タブレット1袋
 ・カルパス3本

 また、現地での通信環境は去年のPBPで問題なく使用できたOrangeのプリペイドデータsimがイタリアでも使えるという評判を信じて事前購入。iphoneに入れて使うことにする。

出発前日まで

 1001Migliaの開催期間は8/16~22で前後の移動期間を含めれば8/13~25となり長い休暇が必要となる。今年の会社の夏季休暇は8/10~18なのでこれに更に1週間直結の休暇を取る必要がある。2週間の長期休暇を取るのは一般的にはそう簡単ではないが、私の場合は上司が私が自転車であちこち出かける人間だということをしっかりと認識してくれているし社内各方面にも随分前からアナウンスしていたので局部的に嫌味を一言二言もらいつつもすんなり取得することができた。

 1001Miglia前の最終調整ブルベはR東京さんのBRM721東京200、日中40℃近い炎天下のブルベを何とか完走し暑熱順化が何とか間に合ったことを確認した。それ以降は練習を控えめにして、ちょっと夏バテが出始めていたのでひたすら疲労を抜くことに専念した。そして、周囲では新型コロナやインフルエンザが流行っていたのでとにかく感染しない様に健康管理には細心の注意を払いつつ大人しく過ごす。

 8月10日から会社の夏季休暇が始まりイタリア渡航まで残り3日となった。いよいよ最終カウントダウンの時間帯に入って来て後はひたすら休養しつつ少しずつ荷物のパッキングを進めていく。決戦用バイクは軽量化を優先してカーボンフレームのOrbeaにしようかと思ったが、やはり走り慣れたチタンのTigにした。バイク各所をチェックし減り気味だったリアのブレーキシューを新品に交換した。ホイールは去年のPBPの時に新品のタイヤを履かせたGOKISOハブの決戦用ホイールを今回も投入する。

 渡航前日の8/12、ばっちり整備したバイクでいつもの多摩湖CRを1周回だけして完璧な仕上がりであることを確認した。その日のうちにACORのプラダン輪行ケースにバイクを収納し携行品を大体揃えた。

 明日のフライトは成田空港を23:05発なので明日の日中も家にいられるということでもう少し余裕はある。まずは体調管理が上手く行きその他のトラブルに見舞われることもなく後はイタリアに行くだけのところまで辿り着けたことをまずは安堵している。初めてのイタリアで1001Migliaを走るというだけでなくヨーロッパ4大ブルベ全制覇がかかった大一番に大きなプレッシャーを受けながらここまでの日々を過ごすことになるだろうと予想していたが、ちょっと前までは意外にプレッシャーは薄くむしろワクワク感がはっきりと感じられるというメンタリティに自分でも少々驚いていたが、直前になってやはりプレッシャーが増してきた。コロナ過がなければ4年前には終わっていたはずの挑戦が4年分の体力の減退がハンデとなってのしかかってきているのがプレッシャーの一因だがこればかりはどうしようもない。恐らく最初で最後の挑戦となるであろう1001Migliaを結果を恐れずここまで積み上げてきたブルベの経験を活かし持てる力を全て出し切って悔いなく終えることだけを考えるだけだ。イタリアに渡って非日常モードに入れば後は雰囲気にのまれて後は勝手に歯車が回り始める。まずは一心不乱にそこに飛び込んで行こう。心を落ち着かせて23時過ぎに就寝する。